朝三暮四とマシュマロテストと死

哲学

「朝三暮四」という四字熟語があります。表面的な相違や利害にとらわれて結果が同じになることに気が付かないこと、うまい言葉で人をだますこと等を意味する言葉ですが、中国の故事が元になっています。中国の春秋時代の宋にいた狙公(猿回し)は、飼っていた猿の数が増えて家計が苦しくなったので、猿の餌を節約するために「朝には三つ、夕方には四つの餌をやろう」と提案します。
すると猿たちは怒りますが、「それなら朝には四つ、夕方には三つにしよう」と言い換えると、猿たちは喜びました。結果として餌の数は変わらないのですが、それに気づかない猿たちの様子から、この四字熟語が生まれました
微笑ましいエピソードにも見えますが、なかなか深い話だと思います。

まとめ
1.実際には人間も「朝三暮四」の猿に近い
2.現在志向バイアスに流されない人が成長する(マシュマロテスト)
3.どれだけの未来を射程に入れて生きるかが勝負(死への存在)

結論
ダイエット・禁煙・禁酒に失敗するのも現在志向バイアスのせいである。

1.実際には人間も「朝三暮四」の猿に近い

中国春秋時代のコミカルな故事が、現在においても人口に膾炙する状況にあるのは、人間の本質に合致しているが故でしょう。
将来よりも現在を重視する傾向のことを「現在志向バイアス」といいますが、「朝三暮四」よりも「朝四暮三」を選好した猿は、現在志向バイアスの強い動物と言えるかもしれません。
例えば、今すぐ100万円をもらう選択と、1年後に110万円をもらう選択がある場合、現在志向バイアスが強い人は今すぐ100万円をもらう選択をします。これは、未来の利益よりも現在の利益を優先してしまう為です。年利が10%ですからから、一年後の110万円はなかなか魅力的な商売だと思いますが、今すく100万円をもらう選択をする人も相当いると思います。
猿は朝の自分と、夕方の自分が同じ猿だと分からない、乃至はイメージ出来ないのかもしれません。人間も同じです。今100万円もらう自分と、一年後に110万円貰えずに高利回りを享受できずに後悔する自分を同じ自分だとイメージできないので、合理的な選択が出来ない訳です。

2.現在志向バイアスに流されない人が成長する(マシュマロテスト)

スタンフォード大学の心理学者ウォルター・ミシェルが、1960年代後半から1970年代前半にかけて実施した「マシュマロテスト」という有名な実験があります。
大勢の4歳児に「今すぐに、マシュマロ1個を食べても良い。もし、私がいなくなる15分間マシュマロを食べるのを我慢できたら、後でマシュマロを2個食べても良い。」と伝えます。
結果的に我慢してマシュマロを食べなかった子供は全体の3分の1だったそうです。この実験ではその後に追跡調査が行われており、マシュマロを食べるのを我慢できたグループと食べてしまったグループでは、成長してからの大学進学適性試験(SAT)のスコアに大きな差が認められたそうです。
就学前の幼少時代から備えていた自制心はその後も継続し、人生を左右するような差となって現れるということです。「三つ子の魂百まで」ですね。しかしながら悲観する必要はありません。「自分には現在志向バイアスがある」と常に自覚するだけで、変化はある筈です。煩悩に対する勝率が0%から35%になっただけで、人生の首位打者になれます。

3.どれだけの未来を射程に入れて生きるかが勝負(死への存在)

猿のように動物は基本的に自我の時間軸の射程が非常に短いです。今の自分だけが自分であって、夕方の自分は自分ではないからです。
10年後の自分、30年後の自分、50年後の自分をイメージできるのは、人間だけでしょう。虚構をイメージできるのは、認知革命を成し遂げたホモ・サピエンスだけです。
将来の自分を今と同様に臨場感をもってイメージできる人は、きっと人生を将来から逆算して構築できるのだと思います。将来の膨大なマシュマロの為に今を最適化することを考えると思います。ダイエット・禁煙・禁酒に失敗するのは、将来の果実を過小評価しているか、現在志向バイアスが強いかのどちらかでしょう。
哲学界の巨人ハイデガーは、「死への存在」という概念を提唱しました。多くの人間は、「死」の「確実性」と、いつ死ぬか分からない「不確定性」を覆い隠して日常性に埋没し、「頹落」していると述べています。つまり、人間が自分自身の死を直視し、「死への存在」であることを受け入れることで、人間の行動と存在に深い意味と価値を見出すことができる、という考え方です。
死とは究極の将来です。しかも不確実です。これだけは虚構ではありません。しかしこのような死を真に直視できたとしたら、日々の生き方はきっと変わることでしょう。
過去にどんな失敗や後悔があったかは問題ではありません。今この瞬間から死ぬ迄をどう生きたいのかということが問題です。過去の評価は、現実の環境ではなく脳内の解釈の問題です。

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