「沈黙の春」と生物多様性

文学

大ベストセラーSF小説「三体」については、Netflixで実写版が制作されましたので、早速視聴してみました。非常に面白かったのですが、作品のなかでレイチェル・カーソンの「沈黙の春」が度々引用されていたのが印象的でした。
「沈黙の春」は、人類が自然界に及ぼす影響を科学的に証明し、環境問題への警鐘を鳴らした衝撃的な作品です。DDTなどの殺虫剤や農薬が、人間や動物に有害な影響を与えることを詳しく説明し、それらの乱用によって自然環境が破壊され、生物多様性が失われていることを説いた警告の書です。「沈黙の春」というタイトルには、化学物質を何の規制もなく使い続ければ地球の汚染が進み、春が来ても小鳥は鳴かず、世界は沈黙に包まれるだろうという意味が込められています。
近年、生物多様性の重要性が叫ばれていますが、一体何故でしょうか?

まとめ
1.人類の都合
2.生物全体の都合
3.世界はインドラの網

結論
サイロ的な知識は地球を滅ぼしかねない。

1.人類の都合

前世紀から人獣共通感染症(ジュノーシス)が猛威を振るっています。新型コロナウイルス、エボラ出血熱、HIV、SARS(重症急性呼吸器症候群)も人獣共通感染症の一例です。
生態系の破壊や生物多様性の減少は、人獣共通感染症のリスクを高めるとも指摘されています。まず森林伐採や農地開発などによる生息地の破壊は、野生動物と人間との接触機会を増やし、病原体が新しい宿主に飛び移る機会を増加させます。これは「スピルオーバー」と呼ばれます。生物多様性が豊かな生態系には、病原体が宿主間で移動することを制限する「希釈効果」があると考えられています。病原体の宿主が多様であるために、病原体が効果的な宿主に出会う確率が低くなり、結果として感染症のリスクが低下するという理屈です。
また、生物多様性は、農業作物の遺伝的多様性を支えています。これにより、病害虫や気候変動に対する耐性が確保されます。
多くの医薬品は自然界から見つかった化合物に由来していますが、生物多様性の減少は、新しい薬や治療法の発見を困難にし、医療の進歩に影響を与える可能性も示唆されています。
また、生物多様性は、水質浄化、土壤肥沃化、気候調節などの生態系サービスを提供しており、これらのサービスの低下は、人間の健康や福祉に悪影響を及ぼします。生物多様性のある健全な森林や湿地は水の流れを調節し、災害のリスクを減少させると言われます。
2020年の世界自然保護基金(WWF)による発表によると、世界の生物多様性は過去50年で68%喪失したそうです。
なかなか痺れる数字ですね。既に手遅れなのかも知れません。

2.生物全体の都合

地球が誕生して46億年と言われていますが、地球生物には5回の大量絶滅があったとされています。
オルドビス紀-シルル紀絶滅(約4億4千万年前):海洋生物が大量に絶滅。原因は気候変動と海水準の変動が関係していると考えられています。
デボン紀絶滅(約3億7千万年前):特に海洋の無脊椎動物に影響。海洋無酸素事変が関係している可能性があります。
ペルム紀-三畳紀絶滅(約2億5千万年前):地球史上最大の大量絶滅で、海洋生物の90%以上と陸上生物の70%が絶滅した。原因は超大陸パンゲアの形成に伴う気候変動、大規模な火山活動などが考えられています。
三畳紀・ジュラ紀絶滅(約2億年前):特に海洋の爬虫類やアンモナイトに影響。原因は火山活動による気候変動が指摘されています。
白亜紀-第三紀(K-Pg)絶滅(約6600万年前):恐竜を含む多くの種が絶滅。原因はユカタン半島に落下した巨大隕石の衝突とそれに伴う環境の変化が主な原因とされています。
5回もの大量絶滅を潜り抜けて生き残った生物の子孫が我々です。要因の異なる大量絶滅があっても生物が全滅しなかったのは、生物多様性のお陰です。少数ながら、破滅的な環境に適応できた種がいたということです。

3.世界はインドラの網

「沈黙の春」でレイチェル・カーソンは、DDTなどの殺虫剤の乱用について警告しましたが、DDTは安価で強力な殺虫剤として世界中で使われていました。DDT開発者もさぞかし有能な人だったに違いありません。しかしながら生態系への影響については考えることは出来ませんでした。
華厳仏教の世界観を表現したメタファーに「インドラの網」というものがあります。インドラは、ヒンドゥー教の神です。「インドラの網」とは、インドラ神の宮殿にある宝網のことです。その各々の結び目には宝珠があり、それが互いに映し出され、その映し出された宝珠がさらに他の宝珠に映し出されるという無限の関係性を表現しています。
万物は重重無尽に関係しあっているとされています。また、網は一点を持ち上げると全体の形が変わることから、世界の因果関係はすべて連関しており、微小なる一こそが全体でもあり、全体が微小なる一の中に含まれるという世界観を喩えています。
DDTの開発者には、「インドラの網」という概念がなかったのだと思います。特定分野に特化したサイロ的な知識は、却って地球を滅ぼしかねません。

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