世論の歪曲

心理学

世論の誘導はときに戦争すら起こします。アメリカの政治評論家ウォルター・リップマンは、主著「世論」のなかで、第一世界大戦の際の世論がどのように形成されたかを論じています。モンロー主義により、アメリカと欧州の相互不干渉という立場をとっていたにも拘らず、アメリカは最終的に参戦しました。厭戦ムードの国民を如何にして参戦に誘導したのでしょうか。そこには、徹底した世論操作がありました。

まとめ
1.世論は簡単に操作される
2.ステレオタイプが現実を捻じ曲げる
3.SNSの普及が世論操作に悪用されている

結論
思考回路は解析されている。タイミングの良すぎるプロパガンダは疑う。

1.世論は簡単に操作される

リップマンは、人間の認識には現実環境を反映しながら思考で形成した疑似環境が存在すると述べています。
人間は、擬似環境を参照しながら行動し、行動の結果は現実環境に影響します。人間は現実環境、擬似環境、行動の三角形の中で活動する訳です。更にこの三角関係を方向付ける固定観念の存在も指摘しており、これをステレオタイプとリップマンは呼びました。
ここに世論操作のポイントがあります。
第一次世界大戦当時、アメリカは参戦に向け、国内の世論を誘導すべく広報委員会(Committeeon PublicInformation、略称:CPI)を立ち上げました。
プロパガンダ活動は新聞、ポスター、ラジオ、電報、映画にまで及びました。全国の広告業者を集め、数100種の広告や看板を製作し、全米の新聞に広報委員会の無料広告欄を提供するよう圧力を掛けました。
また75,000名にも上る「四分人」と言われるボランティアを掻き集め、社会的なイベントで戦況について4分間という理想的な長さを使って演説させました。4分にした理由とは、この長さが人間の集中力が続く平均的な時間とされた為です。そして徴兵や配給食料、戦債の他、何故アメリカが戦っているのかを力説して回ったと言われます。

2.ステレオタイプが現実を捻じ曲げる

リップマン自身、広報委員会にも参加し、大衆説得や世論操作の代表的な専門家として活動しました。戦時中の経験が、「世論」を著したきっかけになったようです。
世論操作がうまくいき過ぎたことに怖れを感じたのかもしれません。
リップマンは人々がイメージを形成する際に、「見てから定義しないで定義してから見る」というように、ある種のステレオタイプを持つことを指摘しています。これこそが現実環境を疑似環境に歪める訳です。
第二次世界大戦当時の日本においても同じことが起こったのかもしれません。日米の圧倒的な戦力差があったにも拘らず参戦し、大本営発表に熱狂したのは、国民全体が疑似環境を共有したからに他なりません。
太平洋戦争時の新聞報道は、政府の戦争情報の制御と戦時プロパガンダの影響を強く受けていました。大本営発表が最高レベルの情報源とされ、その内容が新聞に掲載されることが多かったようです。しかし、これらの発表は次第に嘘の戦果を繰り返すことになりました。

3.SNSの普及が世論操作に悪用されている

翻って、現在はどうでしょうか。戦前と比較すれば、政府の情報統制は難しくなったのかもしれませんが、SNSの普及で寧ろリスクは高まった可能性があります。
トランプ大統領が当選した米大統領選、ブレグジット(英国のEU離脱)をめぐる英国民投票において、フェイスブック利用者の個人データが活用され世論が歪められた可能性が指摘されています。
ケンブリッジ・アナリティカというコンサルティング会社の関与が取り沙汰されています。同社は、ビッグファイブ理論の心理プロファイリングを使って大きな影響を与えたとされています。
ビッグファイブ理論とは、人間の性格特性を5つの次元から成ると説明する理論です。5つの性格特性とは神経症傾向、外向性、開放性、調和性、誠実性です。
ケンブリッジ・アナリティカは、ビッグファイブプ理論を利用して、人々の性格特性を分析し、その結果を元にターゲットの行動を予測していたと報じられています。
対象者のフェイスブックの「いいね!」から、人種や性別、性的指向や政治的立場がかなり正確に予測できるようです。
プロファイリングされた性格特性に応じて、カスタマイズされたプロパガンダを繰り返し、投票に影響を及ぼすことが可能になります。
ネットで商品を買うと、タイムリーに商品がレコメンドされてきますが、これもプロファイリングされている結果です。
既に我々の思考回路はIT企業に解析されていると思った方が良いかもしれません。タイミングの良すぎるプロパガンダは疑ってかかる位でないと、ステレオタイプをインストールされてしまいます。思考回路がハックされたら、もうお終いです。

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