「現在バイアス」と「最遠平面」

バイアス

今100万円貰える権利と、1ヶ月後に101万円貰える権利の何れかを選べるとしたら、どちらを選ぶでしょうか。恐らくは今貰う人が大宗だと思います。
それでは、1年後(12ヶ月後)に100万円貰える権利と、1年1ヶ月後(13ヶ月後)に101万円貰える権利の何れかを選べる場合はどうでしょう。恐らく1年1ヶ月後の101万円を選ぶ人が多いと思います。
人間は直近得られる利益を、将来得られるより大きな利益よりも過大に評価する傾向があります。これを「現在バイアス」と云います。
1年以上先の儲け話では合理的判断が出来ますが、直近の儲け話では近い方に飛びついてしまいます。

まとめ
1.直近の選択では性急な人間
2.最遠平面と時間
3.時間的な最遠平面を拡げる

結論
時間的な最遠平面の限界は死

1.直近の選択では性急な人間

「現在バイアス」は金銭的な問題に限った話ではありません。
一例を挙げれば、長期的な健康を達成することよりも、目の前のご馳走を優先してダイエットに失敗してしまうこと等も現在バイアスの仕業です。
「現在バイアス」と聞くと、経済学でお馴染みの「割引現在価値」をいつも思い出します。割引現在価値とは、将来得られる価値を現在の価値に換算した場合、どの程度の価値になるかを求めた指標です。価値は時間の経過によって変化するという考え方です。将来的な価値に対するリスクと不確実性を反映することによって現在の価値を見積もるのが、割引現在価値です。例えば以下の通りです。
1年後の100万円の割引現在価値(割引率10%)
1,000,000円÷(1+0.1)=約909,091円
5年後の100万円の割引現在価値(割引率10%)
1,000,000円÷(1+0.1)5=約620,921円
将来であればある程、割引率が大きければ大きい程、割引現在価値は小さくなります。ダイエットが出来ない人は割引率が大きすぎるのかも知れません。
将来のメリットをリアルにイメージ出来ないと割引率が大きくなります。受験勉強が手につかないのも同様です。合格後のメリットをリアルにイメージ出来ないとなかなか着手できません。つまり想像力の問題です。
人は将来の報酬を現在の報酬より割り引いて考える傾向がありますが、将来の損失は報酬ほど割り引いて考えないことを符号効果と云います。1年後にもらう1万円はあまり嬉しくありませんが、1年後に他人にあげる1万円はかなり損だと感じます。進化論的には然もありなんだと思います。損失の回避が生存確率を上げるからです。

2.最遠平面と時間

ドイツの生物学者・哲学者ユクスキュルは、「最遠平面」という概念を提唱しています。「最遠平面」とは、視覚を持つ生物が見ることのできる世界を囲む想像上の平面のことです。各生物はシャボン玉のように囲まれた世界の中で生きているという面白い概念です。
例えば、月よりも太陽の方が圧倒的に遠くにあるにも拘らず、天球上の同じ平面上に見えるのは、月も太陽も人間の視覚の空間把握可能な限界の向こう側にある為に、遠近というものが消失し二次元化しているからです。
最遠平面への距離は、成人の人間で6kmから8km、イエバエで50cm、カタツムリに至っては視力が非常に弱く、数cm程度と考えられています。カタツムリにとって数cm以上先の空間は、絵を描いた壁のようなものです。
「最遠平面」は空間の話ですが、時間にも同じことが言えるのではないでしょうか。つまり「現在バイアス」の強い人は、例えば1年以上先の将来は絵に描いた壁であり、リアルに認識出来ないのかも知れません。
私も親が老いるのを間近に見たことを契機に自分の老後をリアルに認識するようになりましたが、これも時間的な「最遠平面」が拡がった事例と言えます。

3.時間的な最遠平面を拡げる

20世紀最大の哲学者の一人とされるマルティン・ハイデガーの提唱した中心的な概念の一つに「死への存在」があります。
他の生物と異なり人間は自分が必ず死ぬ存在であることを知っています。また死は他人に変わってもらうことも出来ません。死は未来における最も確実な可能性であり、これを直視すること(先駆的覚悟性)で人間は自己の存在をより深く理解し、自分の生き方や価値観を再評価することができます。
ハイデガーは、死の可能性を真剣に受け入れることが、本来的な生き方を可能にすると考えました。彼は、死から目を背け没個性的に生きる人々のことを「ダス・マン」(世人)と云いました。
「死への存在」であることを直視し先駆的に覚悟することは、取りも直さず自らの時間的な「最遠平面」を死まで拡張することだと思います。

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