実際に効果があるのかは分かりませんが、昔は熊に出くわしたら「死んだふり」をすると良いなどとよく言われました。これに限らず、会議中に「死んだふり」をして意見を求められないようにする人をよく見かけます。
少し気になって「死んだふり」について調べてみましたが、昆虫から哺乳類に至るまで様々な「生物が、巧みな「死んだふり」をしているようです。場当たり的な行動と言うよりは寧ろ、生存戦術というレベルです。
1.多くの動物が死んだふりをする
「死んだふり」で特に有名なのはオポッサムです。オーストラリア、ニューギニア島、スラウェシ島に生息する哺乳類です。彼らは口を開けて舌をダラリと出し、排泄物を垂れ流して、さらには死臭がする体液まで分泌します。
爬虫類のシシバナヘビは、異臭を肛門腺から分泌し、血を吐いて死を偽装します。
変わり種は、ヨーロッパキシダグモのオスです。この蜘蛛は、メスがオスを捕食するために巣に持ち帰る習性がありますが、その際にオスは死んだふりをして、巣に着くと隙を見てメスに交尾をしかけます。死んだふりをしたオスの方が交尾の成功率が高いと云われています。
死んだふりとまでは言えないかも知れませんが、蛙が蛇ににらまれると固まることが知られています。所謂「蛇に睨まれた蛙」です。
オポッサムやシシバナヘビの様に、巧みな偽装工作をする程ではないものの、「死んだふり」をする生物は数多く存在します。
2.無防備なのに死んだふりをする理由
ふと疑問に思うのは、「死んだふり」をすることは、逃げることを止めることなので、却って捕食される可能性が高まるのではないかということです。「死んだふり」とは、究極的に無防備な状態だからです。
この疑問に対しては、いくつかの合理的な説明があります。
まず、多くの野生動物には、動いている獲物を追いかける習性が本能的に備わっているということです。逃げ回っている獲物の方が新鮮で安全だからです。死んだ獲物だとすでに腐食が始まっており病気になるリスクがあります。オポッサムが、死臭がする体液まで分泌するのは、捕食者に対して腐食していることをアピールしている訳です。
もう一つの理由は、身体の損傷の防止と捕食者からの逃避です。「死んだふり」は捕食者に捕えられた場合に起こりますが、逃げられそうにない状況下で無理に暴れると体力を消耗するだけでなく、身体を損傷する危険があります。また、捕食者は獲物が急に動かなくなると力を緩める傾向があるので、一瞬、捕食者から逃避できるチャンスが生まれます。このチャンスを活かして逃走する為にも身体の損傷を防ぎ体力を温存する必要がある訳です。
3.冷静でないと死んだふりはできない
「死んだふり」は冷静でないとできません。捕食者に捕らえられても決してパニック状態になることなく、損傷を避けて体力を温存し、捕食者の一瞬の油断を狙って逃走する必要があるからです。
人間にはなかなかできない芸当です。捕食者に捕まったらパニック状態になって暴れるのが普通です。相当にメンタルが強くないと冷静に「死んだふり」はできません。諦めて無抵抗になるかもしれませんが、それは「死んだふり」とは違います。「死んだふり」とは生きる為に起こす行動だからです。
「死んだふり」を進化させてきた生物達は、メンタルが強いのか、メンタルが無いのかの何れかです。「死んだふり」をする際に、体を硬直させるだけでなく、体温を下げたり、心拍数や呼吸数を遅くしたりする生物もあるようです。人間には無理ですね。
人間社会でも、これらの生物に学び「死んだふり」をしてやり過ごせる場面は多々あります。普通の人は死屍に鞭うつことまではしません。苦手な相手の前では冷静かつ戦略的に「死んだふり」をする手もあります。相手も生物なので動いている反抗的な獲物はいつまでも追いかけてきますが、死んだ獲物は追いかけてきません。相手が興味を失ったら猛ダッシュで逃走するだけです。
ハンターはストレス発散でハンティングを楽しんでいるだけなので、「死んだふり」はハンターの楽しみを奪う戦術になります。
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