カルネアデスの板

哲学

「カルネアデスの板」は、古代ギリシャの哲学者カルネアデスの考えた思考実験です。舞台は紀元前2世紀のギリシャです。一隻の船が難破し、乗組員は全員海に投げ出されました。一人の男が命からがら、壊れた船の板切れにすがりつきました。するとそこへもう一人、同じ板につかまろうとする者が現れます。しかし、二人がつかまれば板そのものが沈んでしまうと考えた男は、後から来た者を突き飛ばして水死させてしまいました。
その後、救助された男は殺人の罪で裁判にかけられましたが、罪に問われることはありませんでした。
日本の刑法には「緊急避難」についての規定があり、このような緊急避難が成立するための要件が以下の通り明示されています。
1.現に緊急を要する危険が存在していること
2.その危険から避難する為には、他の法益を侵害する行為がやむを得ないこと
3.自己または他人の重大な法益を保護するために行為をすることが必要最小限の行為であること
4.保護すべき法益と侵害される法益との間に合理的な比較・衡量関係があること

まとめ
1.日常生活にもカルネアデスの板はある
2.行為の正当化に悪用されることもある
3.カルネアデスの板は時代を超えて争いの種になる

結論
現在の人類と未来の人類の間で、地球がカルネアデスの板となる。

1.日常生活にもカルネアデスの板はある

軽重はありますが、緊急でなければカルネアデスの板と相似形の事態は、日常生活でもよく見受けられます。自分と相手の利益が相反する場合です。
些末な例では、バーゲンセールでの主婦同士の商品の奪い合い、兄弟同士のおもちゃの奪い合い、社会におけるポストや名誉の奪い合い迄様々です。自分と相手の利益が相反するのは、対象物の複製が出来ず、供給に対して需要が高い場合です。カルネアデスの板の場合は、命がかかっていたので、板への需要が極端に高まった訳です。

2.行為の正当化に悪用されることもある

日本は1931年の満州事変を契機に満州全域を占領し満州国を設立しました。国際社会からの非難を浴び、リットン調査団の報告の後に日本は国際連盟から脱退することになります。日本政府は「満州は日本の生命線である」と喧伝しました。マスコミも然りです。満州の占領が、緊急であり、やむを得ないことであり、国益保護であり、侵害される法益との間に合理的な比較衡量があったという理屈です。
満州が日本の生命線である根拠は薄弱ですが、それを是とする空気が国全体を支配し、泥沼の戦争に突入していきました。
満州はカルネアデスの板であり、確保しなければ国が死ぬということです。生命線とはそういう意味です。他の選択肢も探せばあった筈ですが、他の選択肢など無いという空気が同調圧力となり、真っ当な意見を封殺しました。
「これはカルネアデスの板である」という類のプロパガンダには注意が必要です。主張する側は他の選択肢を考えさせないように、情報を隠蔽するからです。意図的に情報の非対称性を作ることで、緊急でないものを緊急にしてしまいます。オレオレ詐欺の犯人は、家族の緊急度を演出することで相手を騙そうとします。緊急事態は人間を思考停止にさせます。

3.カルネアデスの板は時代を超えて争いの種になる

気候変動問題は、地球にとって緊急度の高い問題です。温室効果ガスの排出や自然破壊等、原因は様々ですが、これらは人口爆発によって増加した人類が生きる為に活動した結果でもあります。
例えばアマゾンの森林破壊は深刻ですが、現地の人々にとって農地開発や森林伐採は生きる為に必要不可欠なことです。自力では他の選択肢に辿り着けません。
一方で、気候変動問題を早期に解決できなければ、未来の人類は地球で生活できません。現在の人類と未来の人類との間で利益相反が起こっており、地球そのものがカルネアデスの板になってしまっています。更に困ったことに、現在の人類が生き延びなければ、未来の人類も誕生しません。
現状有姿の資本主義では解決できません。神の見えざる手は、気候変動問題まで面倒をみてくれません。各個人は個別最適な活動をしているだけだからです。現在と未来の全人類にとって全体最適な状態にするには、個別最適をある程度棄てないといけません。

タイトルとURLをコピーしました