パナマ運河とインドラの網

映画

パナマ運河は、中米のパナマ地峡を開削して太平洋と大西洋を結んでいる閘門式運河で、スエズ運河と並ぶ最重要運河ですが、深刻な旱魃による水位の低下により、航行が滞る事態になっているとの報道がありました。
異常な旱魃の頻度が高まっており、気候変動問題の影響も示唆されています。

まとめ
1.パナマ運河ができた理由
2.ジェボンズのパラドックスの相似形
3.ケインズの余暇社会が来ない理由

結論
世界の有り様はインドラの網である。網を揺らせば波動は自らをも巻き込む。

1.パナマ運河ができた理由

パナマ運河は、マゼラン海峡やドレーク海峡を回り込まずにアメリカ大陸東海岸と西海岸を海運で行き来できる唯一のルートであり、アメリカ東海岸から日本へ向かう場合、パナマ運河を通って太平洋を横断すれば約30日で到着できますが、大西洋からアフリカ大陸の喜望峰を経由すると約50日かかるそうです。
パナマ運河が建設された理由は、それが近道であり、時間と燃料を大幅に節約できるからです。スエズ運河が建設されたのも同じ理由です。
人間は「近道」が大好きです。人間が空を飛ぶことに情熱を傾けたのは、空路が最短距離であることが明白だからです。
映画トータル・リコール(2012年の映画)では、世界大戦で大量の化学兵器を使用された結果、地上の大半は居住不可能となり、富裕層はヨーロッパを中心としたブリテン連邦、貧困層は反対側のオーストラリアを中心としたコロニーに居住する格差社会が描かれています。コロニー住民はプリテン連邦の労働力としてザ・フォールと呼ばれる地中を通る巨大なエレベーター(重力列車)に乗り、プリテン連邦に通勤していますが、これこそ空路以上の近道です。直線でマントルと地核をぶち抜くという発想に人類の近道への執念を感じます。

2.ジェボンズのパラドックスの相似形

「近道」をしたいというシンプルな欲望だけなら大した結果になりませんが、そこに資本主義が結びつくと大きな振幅が生じます。
「ジェボンズのパラドックス」という言葉があります。技術進歩により資源利用の効率性が向上しても、結果的に資源の消費量が増えるという逆説のことです。
例えば、エネルギー効率が高い自動車が開発されると、より少ない燃料で長距離を移動できますが、その自動車が普及してより多くの人々がより長い距離を移動するようになると、寧ろ全体の燃料消費量は増加してしまいます。
同様なことはパナマ運河にも言えます。パナマ運河という近道が出来ると、従前遠回りしていた既存の海運会社だけでなく、それ以外の海運会社のコストも下がって採算が合うようになり運河に殺到する為、全体の輸送量は増加します。実際パナマ運河も2016年に拡張されています。
地政学上、戦略的に重要な海上水路の要衝をチョークポイントと云いますが、資本主義によって加速度的に重要性が増してしまいます。

3.ケインズの余暇社会が来ない理由

パナマ運河の完成で近道が出来ても、海運会社の船員達の給与と余暇が増える訳ではありません。会社は1往復を2往復にして更に利益を上げようとします。
儲かった利益の大宗は船員達に分配される訳ではなく造船に再投資されます。資本は更なる資本を生み出すために再投資され続け、永遠に自己増殖を続けます。それが資本主義の本質だからです。正に永遠に拡大し続けるようプログラムされた圧倒的破壊者ジャガノートです。
イギリスの経済学者ケインズは、1930年に発表したエッセイのなかで、技術の進歩と生産性の向上により、一日3時間だけの労働で生活できるようになる「余暇社会」が100年後(2030年)には実現可能になると予言しましたが、天才経済学者の予言もどうやら外れそうです。
資本主義が気候変動問題に大きな影響を与えていることは論を俟ちませんが、結果として深刻な旱魃によってチョークポイントたるパナマ運河の航行が滞り、資本主義にブレーキをかける事態になっているのは何とも皮肉な話です。
万物は重重無尽に関係しあっており、世界の有り様は正に「インドラの網」です。網を揺らせば、その波動がいずれ自らをも巻き込むことになります。有限の地球上では、波動は干渉と反射を繰り返しつつ、自らに戻ってくるからです。

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