群衆心理と自動人形

哲学

あのアドルフ・ヒトラーが愛読していたとされる本があります。1895年に出版されたギュスターヴ・ル・ボンの「群衆心理」です。
結果的にル・ボンの正鵠を射た警告がファシズムに悪用された恰好となってしまいました。群衆心理が為政者や新聞・雑誌等のメディアによってたやすく扇動されてしまうことが実証された訳です。
ファシズムの台頭に先立って世界恐慌という大事件がありましたが、現在はSNS全盛時代が到来したことで、民主主義の限界やポピュリズムの問題点が叫ばれています。再び人類は「群衆心理」が猛威を振るう時代に入ったのかもしれません。

まとめ
1.フランス革命以降は群衆の時代
2.インターネットやSNSの隆盛で群衆心理が猛威を振るう
3.暗記中心の詰め込み教育が群衆心理を増大させる

結論
自動人形になるのは楽であるが、いつかAI版のヒトラーに滅ぼされる。

1.フランス革命以降は群衆の時代

ル・ボンの「群衆心理」は、フランス革命やナポレオンの出現などの史実を鋭く分析し、付和雷同など群衆の非合理的な行動に警告を発したものです。
フランス絶対王政期は、ルイ14世に代表されるように王が権力を振るっていましたが、西欧を支えていた伝統的な価値観が崩壊したこともあり、フランス革命以降、群衆が社会の中心へと躍り出て力を振るうようになりました。
フランス革命以降、ナポレオンの第一帝政、王政復古、七月革命、二月革命、ナポレオン三世の第二帝政、第三共和政と目まぐるしく政治形態は変遷していますが、群衆は大きな影響を及ぼしてきました。
自分たちを縛る伝統的な価値観などの箍がはずれた時、群衆はその盲目的な力を発動させました。論理ではなくイメージによって物事を考える群衆は、イメージを喚起する力強いスローガンによって暗示を受け、その暗示が群衆の中で瞬く間に感染し、衝動の奴隷になっていきます。これがル・ボンの分析した群衆心理のメカニズムです。
群衆心理は、「断言」「反復」「感染」という手法によって一色に染まっていきます。どんなに優秀な人間も群衆心理に飲み込まれると、一種の「自動人形」のようになり、群衆の感情や意志に無意識に従うようになってしまいます。
ナポレオンやヒトラーは、群衆の想像力を掻き立てる天才でした。ル・ボンの分析通り、彼らは「断言」「反復」「感染」の手法によって、国民を一色に染め上げました。
「真実の修辞形式はただ一つ、反復あるのみ」とはナポレオンの言葉です。ヒトラーの腹心であるナチス宣伝相ゲッペルスは、「嘘も100回言えば真実になる」という言葉を残しています。

2.インターネットやSNSの隆盛で群衆心理が猛威を振るう

ヒトラーは、あらゆる手段で群衆心理をコントロールしました。新聞・ラジオ・映画などのメディアの利用、ハーケンクロイツのイメージ、シンプルなスローガン、大規模集会での大衆を鼓舞する演説、反体制的な情報のセンサーシップ等を駆使して、「断言」「反復」「感染」を徹底しました。
アメリカの政治評論家ウォルター・リップマンは、主著「世論」のなかで、第一世界大戦の際の世論がどのように形成されたかを論じています。モンロー主義により、アメリカと欧州の相互不干渉という立場をとっていたにも拘らず、アメリカは最終的に参戦しました。アメリカ政府は厭戦的な国内の世論を戦争に誘導すべく広報委員会を立ち上げ、徹底したプロパガンダを行いました。
その活動は新聞、ポスター、ラジオ、電報、映画にまで及びました。全国の広告業者を集め、数100種の広告や看板を製作し、全米の新聞に広報委員会の無料広告欄を提供するよう圧力を掛けました。ここで採用された手法も「断言」「反復」「感染」と略同じです。現在、SNSが隆盛していますが、SNSほど「断言」「反復」「感染」に適したツールはありません。ポピュリズムが世界的に勃興していることとも無関係ではないでしょう。
トランプ大統領が当選した米大統領選、ブレグジット(英国のEU離脱)をめぐる英国民投票において、フェイスブック利用者の個人データが活用され世論が歪められた可能性が指摘されています。ケンブリッジ・アナリティカというコンサルティング会社の関与が取り沙汰されています。同社は、ビッグファイブ理論の心理プロファイリングを使って大きな影響を与えたとされています。殆どホラーですね。

3.暗記中心の詰め込み教育が群衆心理を増大させる

「嘘も100回言えば真実になる」とゲッペルスが言ったように、フェイクニュースで戦争が起こることもあります。イラク戦争が最たる例です。開戦の理由は、イラクの大量破壊兵器開発疑惑でしたが、開戦の大義に掲げた大量破壊兵器は、実際には存在しませんでした。
ニュースを疑うことは非常に大切だと思います。プロパガンダを鵜呑みにしていたら、自動人形になってしまいます。そうした観点からいうと暗記中心の詰め込み教育は危険だと思います。自動人形だけの群衆を大量生産することになるからです。得てして国家は従順な群衆を育てようとするきらいがあります。教育政策は「断言」「反復」「感染」に利用されがちです。
特に歴史教育で顕著だと思いますが、歴史上の事件を淡々と受動的に記憶するよりも、どうしてその事件が起こったのか、政治的要因・経済的要因·地理的要因·民族的要因·宗教的要因等を自分で調べて多面的に考えることの方が面白いし、思考のフレームワークが増えて楽しいと思います。イメージではなく論理によって物事を考えることにも繋がります。

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