性善説・性悪説・性弱説

哲学

最近、会社で「性弱説」という言葉を聞くことが多くなりました。定義についてはいろいろと云われていますが、大雑把に纏めると「人間の基本的な性質は善であるが、脆く弱い存在でもあり、状況によっては悪いことをしてしまう」ということかと思います。
孟子の「性善説」と荀子の「性悪説」から着想を得た表現かと思いますが、ビジネス上の不正防止や内部統制の脈絡のなかで語られることが多いような気がします。
因みに、性善説とは、「人はみな生まれつき善の性質を持つ」とする説であり、性悪説とは、「人はみな生まれつき悪の性質を持つ」とする説です。いずれも古代中国の儒家で唱えられたものです。

まとめ
1.性善説は楽観的すぎる
2.性悪説は悲観的すぎる
3.性弱説は中庸

結論
進化論的には聖人君子が生き延びることはない。

1.性善説は楽観的すぎる

孟子は「性善説」を唱え、荀子は「性悪説」を唱えました。孟子も荀子も孔子を祖とする儒家ですが、なぜ真逆の説を唱えたのでしょうか。
孔子は「仁」と「礼」を重視しました。簡単に言えば「仁」とは人を愛し思いやることであり、「礼」とは「仁」が態度や行為として外面にあらわれたものです。内面の「仁」に対して外面の「礼」とも言えます。つまり「仁」を実践して「礼」として行動にあらわす訳です。
孟子は「仁」の教えを受けつぎ、人間は生まれつき善人なので(性善説)、「仁」を育てることの方が大切だと考えました。一方で、荀子は「礼」の教えを受けつぎ、人間は本質的に私利私欲に走る悪人なので(性悪説)、「礼」によって行動を正していかなければならないと考えました。
いずれも教育を重視しており目指すゴールは同じなのですが、人間の本質が善なのか悪なのかによって、内面から変えるか、外面から変えるかというアプローチの違いが生じた訳です。
イギリス経験論の思想家ジョン・ロックは、人は生まれた当初は白紙のような存在であり、経験により観念が書き込まれていくという「タブラ・ラサ(tabula rasa)」(白紙説)を提唱しました。善でも悪でもなく白紙です。生まれた時点では、善でも悪でもありません。どの説も一理あるような気がします。
性善説は理想的ですし、そうであって欲しいとも思いますが、人間のデフォルトが善だったらこんな世界にはならないとも思います。

2.性悪説は悲観的すぎる

荀子は、人間は本質的に私利私欲に走る悪人だと考え、外面の「礼」を重視しました。人が従うべき社会の規範です。
荀子には、高名な弟子が二人いました。一人は韓非、もう一人は李斯です。韓非は荀子の性悪説と国家統治論を発展させ、国家を統治するには礼よりも法の力が必要であると説き法家の思想を理論化しました。
韓非は、秦王政(後の始皇帝)に法家の思想を説きその信頼を受けました。李斯もまた秦王政に仕え重用されました。しかしながら李斯は韓非の才能が自分の地位を脅かすことを恐れて王に讒言した為に韓非は牢につながれ、李斯が毒薬を届けて自殺を促し、韓非はこれに従ったと云われています。その李斯も始皇帝が没した後、二世皇帝によって処刑されてしまいます。この凄まじい歴史をみると性悪説にも頷ける点はあります。
性悪説が法家の思想に繋がり、秦帝国の国家建設にも大きな影響を与えましたが、陳勝・呉広の乱を契機とした混乱のなかで奏は滅亡します。陳勝と呉広は辺境守備のため任地へ向かっていましたが、途中大雨に遭って期日迄に到着することが出来なくなりました。その場合、秦の法では理由の如何に拘わらず斬首となりますので、二人は反乱を決意し仲間と共に蜂起しました。
このケースでは陳勝と呉広が悪人だったというよりは、厳格過ぎる法が二人を追い詰めたという方が適切だと思います。その点では性悪説は悲観的過ぎます。

3.性弱説は中庸

生物の究極の目的は生存と生殖であり、あらゆる生物はその為に進化を遂げてきました。
生物によって戦略は異なりますが、人間は社会を形成し集団戦法で生き延びる戦略をとりました。社会を形成する為には「仁」が必要で、それがやがて倫理となり、倫理に悖る行為を許さない法が誕生します。
従って、人間の基本的な性質は仁を伴った善ですが、同時に脆く弱い存在でもあり、生存や立場が脅かされたり、後に制裁を受けるリスクが小さかったりすると、状況によっては悪いことをしてしまうのでしょう。その点からは性弱説は首肯できますし、中庸と言えます。
進化論的には聖人君子が生き延びることはないですし、究極的には利己でない利他はないと思います。

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