エストニア出身のドイツの生物学者・哲学者ユクスキュルは、「環世界」という概念を提唱しましたが、関連して「最遠平面」についても説明しています。
「最遠平面」とは、視覚を持つ生物が見ることのできる世界を囲む、想像上の平面のことです。これは、視覚を持つ生物がそれぞれ独自の視界(最遠平面への距離)を持ち、それによって囲まれた世界の中で生きているという面白い概念です。
「最遠平面」について、ユキュスクル自身が分かりやすい事例を挙げています。
生理学者・物理学者のヘルムホルツがまだ幼い頃に、教会のそばを通りかかったときのことです。教会の回廊にいる数人の労働者に気づいた彼は、「あの人形を取って」と母親にせがんだそうです。労働者の姿が彼の「最遠平面」上にあった為、遠く離れたところにいる人間としてではなく、小さな人形として彼には見えた訳です。
1.視覚のある動物はシャボン玉の中に閉じ込められている
地球の衛星である月よりも、太陽の方が圧倒的に遠くにあるにも拘らず、天球の同じ平面上に見えるのは、それが人間の視覚の空間把握可能な限界の向こう側にある為に、遠近というものが消失し、全て二次元化しているからです。
人間は周囲10m以内にある物体については目のレンズを筋肉で調節して遠近感を判断できます。乳児の場合はこの距離に「最遠平面」があり、より遠くにあるものについては遠近感を失い、大小としてしか判断できないといいます。
経験を重ねることで「最遠平面」は遠くへひろがり、成人では6kmから8kmの距離となるようです。幼いヘルムホルツが、遠くの人間を小さな人形と勘違いしたのも、この理屈に因ります。
視覚を持つあらゆる動物は、この「最遠平面」によって囲まれたシャボン玉のような世界の中で生きています。
2.動物によってシャボン玉の大きさは異なる
ユクスキュルの観察によれば、例えば、イエバエの視界(最遠平面への距離)は約50cmで、人間の成人では6kmから8kmの距離となるとされています。つまり、人間は地球上で約6kmから8kmの範囲を視認できるということです。一方で、カタツムリは視力が非常に弱く、最遠平面は数センチメートル程度と考えられています。
各動物の「最遠平面」は、それぞれの種に備わった視覚の空間把握の能力の限界によって規定されています。人間でも、幼児と大人で差があります。
視覚を持つすべての生物はそれぞれのシャボン玉の中(最遠平面に囲まれた環境の中)で生活し、その範囲内でのみ行動が発生します。
イエバエにとって、50cm以上先の空間は、絵を描いた壁のようなものです。
3.世界空間というものはフィクションであり抽象化の産物
人間には理性があり、知識もありますので、世界という空間をイメージすることが出来ます。しかし実際には、人間の「最遠平面」への距離は成人でも6kmから8㎞です。全てを包括する世界空間というものは、この半径6kmから8kmのしゃぼん玉世界の中で生きる人間が、他者との共通認識を得るために作り出したフィクションであり、それは現実ではなく、抽象化の産物ということになります。
生物それぞれが独自の視界と感覚で世界を理解しているのと同様、人間にも視覚における空間把握可能な限界の距離はそれぞれ異なります。
視覚から得た情報は、脳に電気信号として伝わります。各個人の脳内にある世界も異なることでしょう。
生物学的な「最遠平面」以上に、思考の射程による「最遠平面」には、大きな差が生じると思います。
人間も年齢を重ねると視力も低下し、生物学的な「最遠平面」は年々自分に迫ってくるのかもしれません。一方で思考には限界がありません。思考の射程はどこ迄も伸ばすことが可能です。どんなに歪な形になろうと、シャボン玉の膨張には際限がありません。脳の機能だけはいつまでも維持したいものです。
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