「二分法の誤謬」とは、実際には複数の選択肢や解があるにも拘らず、二つの選択肢しか無いという前提で議論を進めてしまうことです。日常生活のなかで、頻繁に出くわします。
例えば霊感商法・開運商法を考えてみます。「先祖のたたりで不幸になる」「これを購入すれば不幸から免れる」などと、人の不幸や不安につけ込み、高額な壺や数珠、印鑑などを買わせるほか、高額な祈祷料やお布施名目の金品を要求される商法です。
この場合、選択肢は「壺・数珠・印鑑を買う→幸福」、「壺・数珠・印鑑を買わない→不幸」の二つの選択肢しか見えません。他にも選択肢や解がある筈ですが、実際に不幸に見舞われると、二つの選択肢しか見えなくなります。実際に多くの被害者が出ています。
1.二分法の誤謬で視野が狭くなる
先程の例では、「壺・数珠・印鑑を買う→幸福」、「壺・数珠・印鑑を買わない→不幸」の二つしかありませんでしたが、実際には他にもう二つの選択肢があります。即ち幸福と不幸を入れ替えた「壺・数珠・印鑑を買う→不幸」、「壺・数珠・印鑑を買わない→幸福」です。
そもそも幸福になる方法は、壺・数珠・印鑑を買う以外にも様々ある筈ですが、何故か脳は他の選択肢を全て破棄して二つの選択肢しか考えようとしません。
霊感商法だけではありません。例えば借金まみれの多重債務者もそうです。「終生借金取りに追われ続ける人生を送るか、自殺するか、二つに一つだ」という二分法の誤謬に陥ります。自己破産してやり直すという選択肢を除外しています。
ここまで切迫した事例以外でも、「いい学校に入れなければ幸せになれない」、「いい会社に入れなければ幸せになれない」、「結婚しなければ幸せになれない」といったフォーカシング・イリュージョンを根拠なく信じ込むことも同様です。視野が狭くなって特定の場にフォーカスしてしまい、他の選択肢が見えなくなってしまいます。
2.パニック状態になると二分法の誤謬に陥りやすい
霊感商法や多重債務の例だけでなく、二分法の誤謬に陥っている時は、総じて冷静に他の選択肢を考えられる状態にないケースが多いです。
パニック状態にある場合もそうですし、フォーカシング・イリュージョンのように世間一般の物差しに合わせてしまっている場合もそうです。
また、「敵なのか、味方なのか、旗幟を鮮明にしろ!」、「成功か、失敗か」、「良い人か、悪い人か」等、白黒思考でグレーを認めない場合も、ある意味で切迫した状況下で起こりがちです。実際には敵でも味方でもない中立、7割の成功、良くも悪くもない人もある筈です。
人間は二分法が大好きです。何故なら単純で分かりやすいです。脳がパニック状態や感情的に不安定な状況にあると、複雑な思考を放棄して二分法の陥穽に落ちてしまいます。
3.脳は怠け者である
人間が二分法の誤謬に陥りやすい理由は、様々説明されています。脳は情報処理の効率を高めるために、複雑な情報を単純化する傾向があります。物事を明確なカテゴリーに分けることで、迅速な判断や行動が可能になります。また、日常的な意思決定において、簡単なルールや経験則(ヒューリスティック)を用いることが多いです。更に怒りや恐怖などの強い感情は、物事を極端に見る傾向を強め、対立的な視点を強調することがあります。ヒステリックな状態では総じて二分法になります。
要するに、脳は怠け者であるということです。
脳は非常にエネルギーを多く消費する臓器で、体重の約2%しかないにも関わらず、体全体のエネルギーの約20%を消費します。その為、脳には怠ける機能がビルトインされています。行動経済学者ダニエル・カーネマンによれば、人間の思考には「ファスト」と「スロー」の2種類があると言います。「ファスト」な思考(システム1)は直感的で自動的な思考で、「スロー」な思考(システム2)は論理的で意識的な思考です。
「ファスト」の思考は、瞬時に結論を導くため、脳のエネルギー消費を抑える思考です。二分法の誤謬に陥っている状況は、「ファスト」の思考をしている時に起こります。
特にパニック状態や感情的になって精神的に不安定な状態の時、世間の物差しにうんざりして落ち込んでいる時には、悩みも深くメンタルの維持に脳のエネルギーが消費されてしまい、「ファスト」の思考しか出来ません。
脳は怠け者ですが、それは、巨大になり過ぎた結果、進化の過程で省エネ機能が付加された結果です。普段は怠けさせておけば良いですが、必要な場合はちゃんと周囲の雑音を排除して「スロー」の思考で考えないといけません。岐路に立たされている時は特にそうです。