人間ほどはっきりとした眉を持つ動物はいません。また、人間ほど白目の割合が大きい目を持つ動物もいません。
眉と白目は人間の特徴的なパーツと言えます。最も人間に近いと言われるのはチンパンジーとボノボですが、彼等には人間の様な眉も広い白目もありません。犬や猫も然りです。
何故、人間だけヘンテコな進化を遂げたのでしょうか。
1.眉は口ほどに物を言う
一般的に、眉には汗や雨水が目に入るのを防ぐ役割があり、額から流れる水分を側面に逃し視界を保護するバリアとして機能しているとされています。確かにそうかもしれませんが、現代人は庇のある帽子を被り、傘や雨具を使いますので、そうした役割は小さくなっています。
寧ろ、眉は表情を豊かにし、非言語コミュニケーションの一部として、感情や意図を伝える役割を果たしていると言えます。
思いつく限りで眉に関する表現を挙げると、「眉一つ動かさない」「眉を顰める」「眉を落とす」「眉を曇らす」「眉を吊り上げる」「眉を開く」「眉を読む」等がありますが、感情や意図に関するものが多いです。
SNS等で使用する絵文字も、眉の向きで喜怒哀楽を表現しています。「眉は口ほどに物を言う」といっても過言ではありません。
2.目は口ほどに物をいう
目も然りです。非言語コミュニケーションの要といっても過言ではありません。「目が合う」「目が曇る」「目を三角にする」「目を白黒させる」「目が据わる」「目が散る」「目が点になる」「目に角を立てる」「目に物言わす」「目は心の鏡」「目を落とす」等、こちらも感情や意図に関する多くの表現があります。
人間の白目に関する進化的意義は、主に社会的コミュニケーションと視覚的認識に関連しています。白目があることで、相手の視線を追いやすくなり、どこを見ているかが明確になるため、非言語コミュニケーションの精度が向上するからです。これにより、感情や意図をより効果的に伝えることができ、社会的な相互作用において重要な役割を果たすことが出来ます。
相手を冷たい目で見ることや、冷たい態度を取ることを「白眼視」とか「白い目で見る」と表現します。この表現は中国の故事が起源になっています。
3世紀の思想家・阮籍は、相手によって色が変わる目を持っていました。好きな人に会うと目は青くなり、嫌いな人に会うと目は白くなります。阮籍の母が亡くなったとき、嵆喜という人が礼節を重んじて弔問してくれましたが、阮籍は彼を白い目で見た為、嵆喜は怒って帰ってしまいました。後に嵆喜の弟・嵇康が酒と琴を持って弔問すると阮籍は大いに喜び、彼を青い目で迎えたと言われています。
阮籍の目の構造は摩訶不思議ですが、「白眼視」という表現が現在でも残り続けているのは、目が感情と意図を象徴するものとして万人が認めていることの証左でもあります。
3.パレイドリア現象と不気味の谷現象
パレイドリア現象とは、視覚刺激や聴覚刺激を受けとり、普段からよく知っているパターンを本来そこに存在しないにもかかわらず心に思い浮かべる現象です。
例を挙げると、月のクレーターが人の顔に見える「月の顔」や、岩の形や木の幹の模様が顔に見えること、建物の窓が並んでいる様子が顔の目と口に見えること、自動車の前面が顔に見えること、電源コンセントの穴が顔の目に見えること等、様々なケースがあります。顔文字はそうした人間の認識機能を利用したものです。モノが目・鼻・口の様な配置になっているだけで、人間は「顔」だと認識します。人間の脳が他者を識別し、感情を読み取るために非常に洗練されたメカニズムを持っている為です。
また、不気味の谷現象というものがあります。人工的な存在がある程度まで人間らしさを持つと親しみが増しますが、ある閾値を超えて非常に人間に近い外見や動きを持つと、わずかな違和感が強い不気味さを引き起こすとされています。リアル過ぎるヒューマノイドに不気味さを感じるような現象です。人間の表情を読み取るメカニズムが如何に繊細なものかが分かります。
終日学校や会社に行くと非常に疲れます。そこには多くの「顔」があり、「顔」には感情や意図に関する大量のデータが乗っかって脳に流れ込みます。それらの情報処理をしなければなりません。また、自分の「顔」にも感情や意図を乗せて発信しなければなりません。愛想笑いの類です。顔というものは、見るのも見られるのも疲れます。スマイルはゼロ円ではありません。精神的なコストが発生します。
コロナ禍においては、殆どの人がマスクを着用していました。感染防止という建前の裏で、表情を作らなくて良いというメリットに気付いた方も多いと思います。コロナ禍が収束しても在宅勤務を続けるのは、「顔」の情報処理をしないで済むからです。
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