エントロピー増大の法則とは物理学における熱力学第二法則に関連する概念ですが、簡単に言えば、物事は放っておくと乱雑・無秩序・複雑な方向に向かい、自発的に元に戻ることはないということです。
日常的に見られる物理現象としては、コーヒーにミルクを入れると自然に混ざっていきますが、逆にコーヒーとミルクが勝手に分離することはないことなどが挙げられます。
物理現象のみならず、エントロピー増大の法則は、放っておくと乱雑・無秩序・複雑な方向に向かうという点において、社会や人間の生活全般にも当てはまるような気がします。
1.人体と免疫機能
エントロピー増大の法則があるにも拘らず、人間は死ぬ迄人間の形をしています。そんなことは普段気にも留めませんが、よく考えると凄いことです。
我々の体内では、絶え間なく物質、エネルギーを交換し、自らを壊しつつ、創り変えることで形を維持し続けています。人体のパーツは「テセウスの船」のように次々と入れ替わりつつ、形を保っています。
また、細菌やウイルス、そして自分の体には元々ない様々な異物から、自分の体を守る仕組みとして免疫機能があります。白血球などの免疫細胞の活躍により、病気による人体の崩壊を防いでいます。
つまり、体内でエントロピー増大の法則に日々抗い続けることによって、人間の形を保っています。生物が生きるということはエントロピー増大を防ぐことといっても過言ではありません。
2.社会と「割れ窓理論」
人間の社会に目を転じても、同様なことが言えます。
環境犯罪学上の理論に、「割れ窓理論」というものがあります。軽微な犯罪も徹底的に取り締まることで、凶悪犯罪を含めた犯罪を抑止できるとする理論です。建物の窓が壊れているのを放置すると、誰も注意を払っていないというサインになり、やがて他の窓も全て壊されるとの考え方からこの名があります。
建物の窓が壊れているのを放置すると、犯罪を起こしやすい環境を作り出します。住民のモラルが低下して治安が悪化し、そのことが更に治安の悪化を招きます。
人体同様、コミュニティによる不断の態勢整備や、治安当局による免疫機能が働かないと、エントロピー増大の法則に従って、社会は崩壊していきます。
実際、アメリカのニューヨーク市では、1990年代にジュリアーニ市長のイニシアティブで、「割れ窓理論」に基づいたゼロ・トレランス(不寛容)政策が実施され、軽犯罪の徹底的な取り締まりが行われた結果、一定の効果をあげました。
人体でも社会でも共通しているのは、エントロピー増大の法則に抗う為には、大きなエネルギーを必要とするということです。
3.心とエントロピー
エントロピー増大の法則は、精神面でも成り立つように思います。
日々の様々なストレスに晒されたまま放っておくと、精神的にも乱雑・無秩序・複雑な方向に向かいます。精神と身体は密接に繋がっていますので、体調不良として現われる場合もあります。
また、精神的にエントロピーが増大すると、部屋も散らかり放題になりますし、周囲の人との関係もぎすぎすしたものになります。そのことがまた精神面に跳ね返ってきて、まるで負のスパイラルに入ったかのように、エントロピーが増大していきます。
人体や社会同様、精神面でもエントロピーを捨て続けることが必要です。心が形を保てなくなるからです。すさんだ環境に身をおいていると、エントロピーが精神面に流入してきます。自分の所属している環境のみならず、健康や精神においても整理整頓を心がけ、常にエントロピーを捨て続けていかないと、自分の形を保てないと思います。
自分でコントロールできることと、できないことの峻別も大事です。アドラー心理学で説かれている「課題の分離」を間違えると、余計なエントロピーを抱え込むことになりかねません。
生きるとはエントロピーを外に捨て続けることでもあります。
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