アインシュタインの授業 9×10=91?

幸福

相対性理論でお馴染みのアインシュタイン先生について、興味深いエピソードを聞きました。
とある授業でのことです。アインシュタイン先生が黒板に掛け算の九の段を書き始めました。
「9×1=9、9×2=18、9×3=27・・・」と順番に書き進めていき、最後に「9×10=91」と書いたそうです。
勿論、正しい答えは90でしたので、アインシュタイン先生の間違いに気付いた生徒たちから笑いがおこり、なかにはからかい始める者もいました。
アインシュタイン先生は、どうしたでしょうか。

まとめ
1.唯一間違えない方法
2.自責の念も程度問題
3.常識と挑戦と失敗

結論
別の自分で常識からはみ出してみる。

1.唯一間違えない方法

アインシュタイン先生は、皆が静かになるのを待ってから、こう云いました。
「9×10=91ではなく、90が正解だ。君たちはたった一つ間違えただけで私をからかい笑った。それまで9個の問題を正しく解いていたのに、誰一人私を褒めることはなかった。このように社会では、成功よりもほんの小さな間違いが指摘され失敗したと言われる。間違いはプロセスの1つだ。決して間違いをしない唯一の人は誰だと思うだろうか。それは何もしない人だ。
確かに何もしなければ間違いは起こりません。何かすれば間違いは必ず起こります。間違いはプロセスの1つだからです。
アインシュタインは、こうも云っています。
「挫折を経験したことが無い者は、何も新しい事に挑戦したことが無いということだ。」
同感ですね。

2.自責の念も程度問題

間違いを起こすと、傷つきますし落ち込みます。自責の念にかられることも多々あります。反省することは大切ですが、間違いは1つのプロセスに過ぎませんので、いつまでたっても次のプロセスに進めないようでは問題です。
アインシュタインは、こうも云っています。
「どうして自分を責めるんですか? 他人がちゃんと必要な時に責めてくれるんだからいいじゃないですか。」
このスタンスは何か良いですね。往々にして、行動しようとしても他人から責められることを想像して何もできない場合があります。
間違うのはプロセスなので当然起きる、それを恐れても仕方が無いし、当然起こるプロセスに対して自責の念にかられ過ぎても仕方が無い、ということでしょうか。

3.常識と挑戦と失敗

間違いを起こさない為には、何もしないことが最も確実ですが、生きている以上そうもいきません。次善の策としては常識の範囲内で行動することが考えられます。
世間の物差しから外れないように生きることです。つまり何にも挑戦しないということです。常識の範囲内に止まれば挑戦はできませんし、果敢に挑戦すれば常識を逸脱します。トレードオフの関係です。
常識については、アインシュタインはこの様に云っています。
「常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションのことだ。」
幼い子供までは、ルフィのように「海賊王になる」とか、ナルトのように「火影になる」といった夢を語っていたのに、高校生や大学生になると偏見のコレクションに雁字搦めにされてしまいます。
常に世間と軋轢を起こしていると消耗しますが、やりようはあります。
小説家の平野啓一郎氏は、「分人主義」という概念を提唱しています。同氏によると「分人」とは「個人」に代わる人間のモデルです。
「個人」は、分割出来ない一人の人間であり、その中心には、たった一つの「本当の自分」が存在し、様々な仮面(ベルソナ)を使い分けて、社会生活を営むモデルなのに対して、「分人」は、対人関係ごと、環境ごとに分化した、異なる人格のモデルです。ポイントは複数の人格すべてを「本当の自分」だと捉えることです。
一見すると、多重人格的な感もありますが、あり得る考え方だと思います。社会生活の為に偏見のコレクションである常識に合わせる自分と、その世界と全く接点の無い対人関係と環境に飛び込んで、間違いながらも挑戦し続ける別の自分があっても良いと思います。

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