ダンバー数と官僚組織

哲学

人間が安定的な社会関係を維持できる人数の認知的な上限は凡そ150人と言われてい ます。1990年代に、イギリスの人類学者ロビン・ダンバーによって初めて提案されましたので、 ダンバー数と言われます。
安定的な人付き合いをする為には、相手の性格、趣味・趣向、得手不得手、好き嫌い、 交友関係を知っている必要がありますし、知り合い同士の関係等も把握する必要がありま す。150 人ともなると相当な情報量になります。ダンバーは、平均的な人間の脳の大きさを計算し、他の霊長類の結果から推定することで、人間の脳が捌ける情報量から 150人程度が限度だと考えました。

まとめ
1.150人以上の集団では規則が出現する
2.集団が大きくなると規則を守らせる官僚組織が出現する
3.官僚組織が出現するとヒエラルキーが生じる

結論
ダンバー数を越えた集団ではヒエラルキーと権力者への忖度が出現する。

1.150人以上の集団では規則が出現する

通常の会社組織になると 150 人以上の会社も当然ありますが、ダンバー数を超えると、大 抵の場合はグループの団結と安定的な運営を維持するために、より拘束性のある規則、強 制的なノルマや目標が必要になると考えられています。
突然変異による認知革命によって我々ホモ・サピエンスは「虚構を信じる力」を獲得したとさ れています。これにより、宗教や神話、法律、国家などの抽象的な概念を共有し、それを基に社会を形成することが可能となりました。例えば会社という虚構を発明し、知り合いではない人間同士でも同じ目標の下に結束することで、何万人という人員を動員することが出来るようになった訳です。
認知革命が起こらなかったネアンデルタール人の動員人数は、ダンバー数を越えることが出来なかった為、ホモ・サピエンスに敗北しました。
大きな会社には、経営理念、規則、目標、ノルマが必要になります。これらがないと熱狂だけのフーリガンになってしまいます。
軍隊の単位としての「中隊」は、軍隊の中で最も基本的な組織単位ですが、その規模は通常100人から200人程度で、ダンバー数と近いレベルです。
ハチやアリ等の昆虫も、150匹を超える大集団を形成しますが、昆虫社会では、女王・働 きアリ等の役割が遺伝的に決定しており、遺伝子のアルゴリズムに従っているだけですので、 相互の性格、趣味・趣向、得手不得手、好き嫌い、交友関係を把握する必要がありませ ん。従ってダンバー数は関係ありません。

2.集団が大きくなると規則を守らせる官僚組織が出現する

会社が大きくなってくると、社長が全体を把握できなくなりますので、官僚組織が出現します。
ハチやアリのような社会的昆虫と異なり、人間の役割には汎用性があるので、都度役割分担を決めなければなりません。ダンバー数以内であれば、密集しており全員を視認できますの で、阿吽の呼吸でなんとかなりますが、大組織では無理です。
そうすると、人事部・総務部・管理部、また○○本部、○○統括部等の組織がどんどん出現します。社長が全部を処理するには超巨大な脳が必要ですし、阿修羅の様な三面六臂で も足りなくなります。官僚組織への権限委譲が必要になります。

3.官僚組織が出現するとヒエラルキーが生じる

官僚組織が整備されると、特定の部署に情報が集約され、中央と末端で情報の非対称性が発生します。情報のアクセス権によってヒエラルキーが出来上がります。そのうち権威主義的な傾向が発生します。そして情報を独占するヒエラルキー上位への忖度が常態化し、ブルシット・ジョブが激増します。
現代では、情報機器のフル活用により、情報伝達の速度と頻度が増大したことに伴って、付 度の頻度も激増している訳です。
畢竟、現代人のストレスは、社会組織がダンバー数を越えて巨大化したことに起因しているのかもしれません。
老子は理想的な国家を「小国寡民」と表現しました。文字通り、住民が少ない小さな国を指します。
「小国寡民、什伯の器有るも而も用いざらしめ、民をして死を重んじて而して遠く徒らざらしめば、舟輿有りと雖も、これに乗る所無く、甲兵有りと雖も、これを陳ぬる所無し。人をして復た縄を結びて而してこれを用いしめ、その食を甘しとし、その服を美とし、その居に安んじ、 その俗を楽しましめば、隣国相い望み、雞犬の声相い聞こゆるも、民は老死に至るまで、相い往来せず。」
現代語訳すると「小国で住民の少ない所では、道具があっても使わせないようにする。人々に生命を大切にさせ、遠方には移住させないようにする。そうすれば、船や馬車があっても乗る機会がなく、武器があっても並べておくだけで使うことはなくなる。人々に昔通りに縄を結んで約束の印をさせ、今食べているものを美味いとして、今着ているものを美しいと思い、今住む家を安楽だとし、現在の生活や風習を楽しいとして満足させるようにする。そうなれば、たとえ隣国がすぐ近くにあり、その鶏や犬の鳴き声が聞こえてくる程の近距離にあっても、その住民たちは老いて死ぬまで、境界を越えて行き来することがない。」となります。
技術の発展や経済の発展が起こると、必ずダンバー数を越えます。快楽を求めれば求める程、ストレスが溜まって却って不幸になります。
老子は直感的にダンバー数を超えることの危険性に気付いていたのかもしれません。

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