世界は差別で溢れています。歴史を学べば分かるように、太古の時代からずっとそうです。差別が無益であり、倫理にもとる行為であると皆理解している筈ですが、無くなる気配はありません。ドイツの鉄血宰相ビスマルクは、「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉を残しましたが、人類全体では昔から愚者がマジョリティなのでしょうか?
歴史に学んでも止められないのが実態なのだと思います。つまり遺伝子レベルの課題だということです。思い返せば、自分も差別をしたことも、差別をされたこともあるように思います。
1.人類は差別で進化してきた動物
動物として屈強とは言い難い人類が、どうして食物連鎖の頂点に立ち、地球の霊長となり得たのか。一言でいえばチームワークのお陰です。大勢でマンモスを追い回し、罠をしかけ、武器を持って襲いかかることで生き延びてきました。
チームワークには自我と他我の分類とコミュニケーション、敵と味方の区別、同調圧力と味方の思考の統一が必要です。万学の祖アリストテレスに代表されるように、人間は分類が大好きです。そして何でも二項対立で考える癖があります。好きと嫌い、味方と敵、優と劣等。自分が属する集団を好む傾向のことを「内集団バイアス」と言います。自分が所属するグループ(内集団)の人を優遇する心理傾向です。これは、自分の所属する集団のメンバーを、それ以外の集団(外集団)より肯定的に評価したり、好意的に感じたりする傾向を指します。「内集団バイアス」の強い人間が進化の過程で生き残ってきたのでしょう。このバイアスが強いと差別は増大します。我々は差別大好き人間の子孫です。
2.全的人間への進化は難しい
「黒い皮膚・白い仮面」は、精神科医フランツ・ファノンが1952年に発表した著書です。彼は仏領マルティニーク島で生まれた、アフリカ奴隷を祖とする黒人です。若き日は、叶う限り白人のフランス人に同化しようとした過去をもちます。しかし、どれだけ努力しても差別は止まず、フランス本国で圧倒的な疎外感に苛まれた彼は、やがて精神科医となります。差別の問題を解明しようとして著したのが「黒い皮膚・白い仮面」です。
彼は一時期、黒人に属するものを優れたものとし、白人に属する全てのものを否定するという考え方である「ネグリチュード」に傾倒したようですが、それを一種の反白人主義と見做したサルトルの影響もあり、最終的に人間第一主義の「全的人間」という概念に到達しました。「全的人間」とは、皮膚の色など様々な違いを乗り越えて、他人を自分との違いによってではなく、その人自身として受けとめることのできる人間のことです。
ファノンはフランスの植民地であったアルジェリア独立運動でも指導的役割を果たしましたが、彼が「全的人間」の概念に到達した背景には、フランス人に差別されたアルジェリア人が、アルジェリア内部でベルベル人を差別していたことがあると言われています。
結局「ネグリチュード」のような自己第一主義では、差別と抑圧は無くならないからです。「ネグリチュード」では、内集団バイアスに対抗する為に、内集団バイアスを作るようなものです。
全人類が「全的人間」に到達した世界を見てみたい気もしますが、人類が内集団バイアスの軛を逃れるのは極めて難しいでしょう。遺伝子由来の感情を理性で抑え込む必要があるからです。
3.差別解消には共通の外敵か仮想世界が必要
差別に理屈はありません。内集団バイアスにおける「内集団」の大きさの設定の問題です。もし、「宇宙戦艦ヤマト」のようにガミラス星人が地球に攻めてきたら、地球人は一枚岩になる筈です。アメリカ、ロシア、中国、欧州という内集団ではとても対処できないからです。キリスト教、イスラム教という内集団も然りです。
歴史をみても、イギリスから独立する迄はヒンドゥー教徒もイスラム教徒も共同歩調でしたが、その後にインドとパキスタンに分裂しました。共通の外敵の有無によって、内集団が再設定されたからです。
動物愛護の観点でも、同様のことが言えます。人間が動物愛護の対象として含める動物は、犬・猫・クジラ・イルカ等があります。牛や豚は同じ哺乳類でも入っていません。
作家サミュエル・バトラーは、「食する為に養っている動物と、仲良くできる動物は人間だけだ。」という言葉を残しています。家畜とも仲良くはしていますが、愛護の対象とはなりません。動物愛護においては、人間との親密度や知能を尺度に内集団が設定されているのかも知れませんが、線引きに明確な理屈はありません。
共通の外敵以外で差別を解消するには、「無知のヴェール」と「仮想世界」がヒントになるかも知れません。
「無知のヴェール」は、アメリカの政治哲学者ジョン・ロールズが提唱した思考実験です。社会制度やルールを決める際に、自分がどのような立場にあるのか、性別や年齢、人種や民族、健康状態、財産状況など、自分に関する全ての情報を知らないと仮定する状態を指します。この状態から、どのような社会原則を作れば良いのかを考えることで、自分の利益や偏見による影響を排除し、公正な視点から社会のルールを考えることができるとしています。
アバターで参加する仮想世界では、逆に自分の立場は知っていますが、他者の立場は基本的に分かりません。このような状況では、内集団は現実から離れて再構成されます。既存の内集団構成要素である人種も肌の色も宗教も分からないからです。インセンティブの設計次第で、差別のない仮想世界を作ることが可能になるかもしれません。
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