賢馬ハンス(実験者効果)

賢馬ハンスは、19世紀末から20世紀初頭のドイツで話題になった馬です。ハンスは、人間の言葉が分かり、数学の計算ができるとして当時大きな注目を浴びました。飼い主によるとハンスは加減乗除と分数が出来、時間も日付も分かり、音階も理解していて、さらにはドイツ語の読み書きの理解もできると言われていました。
飼い主が出す簡単な問題に対して蹄で地面を叩く回数で答えました。その後調査もされましたが、何のトリックもないと一旦は結論づけられました。

１．賢馬ハンスは人間そっくり

一旦、調査の結果は出ましたが、その後心理学者による再調査が行われ、からくりの実態が明らかになります。
実際には、ハンスは問題を解いていた訳ではなく、質問者の無意識の身体的なサインを読み取り、質問者が正しい答えの数を数えるときに見せる微妙な身体的反応や表情の変化を察知し、それに反応していたことが判明しました。つまり回りの雰囲気を敏感に察知することに長けた馬だったのです。
実験により、ハンスが正しく答えられるためには、質問者が答えを知っており、且つハンスから見える位置にいることが必要であることが判明しました。ハンスはご褒美が欲しくて、人間の表情等を察知し足踏みしていただけです。質問者も、ハンスが蹄で地面を叩く回数が正解に近づくにつれて、徐々に興奮し表情が変わってしまうのでしょう。
このような現象を賢馬ハンスに因んで「クレバー・ハンス効果」と言いますが、人間の微妙な身体的反応や表情の変化を察知するところが、何だか人間そっくりです。我々人間の社会生活でも、他人の顔色を窺うことが多いですし、表情は言葉以上に雄弁とも言えます。
警察で警察犬を用いた臭気鑑定を行う際、「クレバー・ハンス効果」によって、臭気を感知できたかどうかではなく飼い主である警察官の顔色を窺って判定してしまうことがあるようです。冤罪にも繋がりかねないことですし、怖いことですね。

２．様々な実験者効果がある

「クレバー・ハンス効果」以外にも、実験者の期待や態度が、意図せずに実験の結果に影響を与えてしまう現象はあります。こうした効果を実験者効果と言います。
有名なところでは、「ピグマリオン効果」があります。教育心理学者ローゼンタールが行った実験では、教師に対して一部の生徒が成長の可能性が高いと偽の情報を与えたところ、実際にその生徒たちの学業成績が向上するという効果が確認されました。これは、教師の期待が生徒の成績に影響を与えた例です。ピグマリオンは、ギリシャ神話に登場するキプロス王の名前です。自らが彫った女性像に恋をし、女神がその像に命を吹き込み、2人は幸せに暮らしたという神話があります。期待が現実化するところから「ピグマリオン効果」と言われます。
もう一つ、「ホーソン効果」というのがあります。労働者の生産性を高める要因を探ることを目的として、シカゴ郊外にあるウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場で行われた実験がありました。ホーソン実験と呼ばれます。この実験では、作業環境の変化が作業員の生産性に影響を与えることを検証しましたが、後に作業員が実験の対象であることを意識して行動を変えたことが影響したと解釈されました。実験に参加していること自体が被験者の行動に影響を与えてしまった訳です。

３．期待とストレス

賢馬ハンスや警察犬だけでなく、人間も周囲からの期待に敏感に反応してしまいます。
ビグマリオン効果のように、期せずして教師や上司に目を掛けられた人が、期待を敏感に感じ取って実際に成長したり、ホーソン実験のように観察されているということ自体が、人の行動に影響を与えたりします。
適度な期待であれば良いですが、強すぎる期待や観察を超えた監視にまで至ると、ストレスになりかねません。
また、ピグマリオン効果の実験でランダムに生徒が選ばれたことも、ホーソン実験でホーソン工場が選択されたことも、被験者からすれば偶然に過ぎません。
自分の人生を偶然だけに委ねるのも癪な感じがします。他者からの期待は、他者の価値観に基づいてもいます。100%他者の価値観に合わせることも同様に癪な感じがします。他者の為に生きている訳ではないからです。
ニーチェの思想には「超人」という考え方があります。「超人」とはルサンチマンを克服した人のことで、自分の価値を自分で創造し、自分の人生を自分で決定していきます。ニーチェは、人間が「超人」へと進化することで、初めて真の自由を得ると主張しました。
「超人」になるには、強靭なメンタルが必要かもしれませんが、他者からの期待が自分の価値観に合致するか否かを見て適当にいなすのが良いかも知れません。自分で自分に期待できれば、実験者から人生を取り戻せます。