日本では日常的に「空気を読め」と言われます。外国人と違ってはっきり言わない国民性もあるので、「空気」を読み違えて辛い目にあうことも頻繁にあります。
「空気」と言えば、1977年に発表された山本七平の『「空気」の研究』が有名ですが、このなかで、「空気」とは絶対的に権力を持った妖怪だと述べられています。「空気」とは、何らかの対象が絶対化され、その絶対的存在が醸し出す雰囲気によって、人々の行動が強制される現象です。ときに「空気」が戦争などの取り返しのつかない事態を招くこともあります。
1.「論理」ではなく「空気」で決まる日本
日本人は物事の選択において、「論理」よりも「空気」に合わせることを重視する傾向があります。
例えば、太平洋戦争で戦艦大和の沖縄への特攻出撃がありましたが、当時の海軍内部でも、それが無謀であるという論理的なデータや根拠があったにも拘らず、「空気」に抗うことが出来ずに結局は出撃命令が出されました。
会議でも論理的に議論を尽くした結果としてではなく、得体のしれない「空気」なるものに場が支配され、意志決定されることもよくあります。日本人であれば、この様な展開を何度も経験していると思います。日常茶飯事と言っても過言ではありません。
2.一神教とアニミズム
『「空気」の研究』では、何故日本では、「空気」が絶対的な支配力を持ってしまうのかについて、鋭い考察がされています。
西欧ではキリスト教、つまり一神教を採用した国が多いのに対して、日本は八百万の神々と云われるように物事を神と見なす物神崇拝の国です。即ちアニミズム的伝統も持っています。
物事に対しても自分に近しいものとして共感するような精神構造があり、対象に対し感情移入し自己合一するような陶酔状態になりやすい国民性です。そうなった場合、対象は絶対化され物神化します。
キリスト教のような一神教の世界観では、唯一絶対である神以外は相対化される傾向がありますが、アニミズムの世界観では、絶対化される事物が無数に存在可能です。
例えば、経済発展が絶対化されると、環境を軽視しがちになるので深刻な公害問題が発生します。すると今度は公害撲滅が絶対化され、公害を生み出す経済発展を絶対的な悪と見做し、工場を叩き潰すことで公害を解決しようとします。絶対化の対象が次から次へとジグザグ状に移り変わります。つれて支配的な「空気」がコロコロと変わっていきます。
一神教の世界観では、神以外の物事は相対化され、対象を善と悪という対立概念の両面で把握する為、物事には善い面も悪い面もあると考えます。日本のアニミズム的世界観では、感情移入による共感が強すぎる為、善か悪か、白か黒かといった絶対化に陥ります。
国全体を包み込むような「空気」の支配が固定化され、空気の入れ替え可能性が無くなった時に、「全体主義」に陥り破滅的な戦争に没入することもあります。一方で、明治維新や戦後復興のように、「空気」によって国民全体が驚異的な集中力を発揮する場合もあります。
3.「空気」と「水」の関係
よく「水を差す」と言いますが、「空気」を壊すのは「水」です。「空気」を虚構・非常識とするなら「水」は現実・常識です。
「空気」が盛り上がっている時に、現実・常識という「水」を浴びせれば、「空気」は霧散します。但し、日本の場合には、そう単純な話ではありません。「水」が新しい「空気」を作ってしまうからです。経済発展至上主義は、公害の深刻化という「水」によって霧散しますが、今度は公害撲滅が絶対化されて新しい「空気」となります。
山本七平は、日本化された儒教の影響を指摘しています。日本では、社会的契約関係における「忠」と、家族的関係における「孝」の混同により、社会的契約関係(忠)まで親子関係(孝)が拡張されてしまいます。家族的な繋がりが会社や国家にまで拡張されてしまうので、会社ぐるみ・国家ぐるみの不祥事・隠蔽等が起こります。
「空気」特有の「あの状況においては仕方がなかったし、不都合な事実は無かったことにする」といった日本的状況倫理が広く共有されることで、「空気」が強化されます。戦時の大本営発表ではないですが、「真実」は曲げられてしまいます。集団の数だけ「真実」が存在するので、現実や常識という「水」も集団毎に異なります。
日本では「空気」と「水」のコラボレーションによって得体の知れない力が生じます。西欧の「水」と日本の「水」は意味合いが異なります。
個人が客観的事実に基づいて自由に発言・行動すれば、「空気」に支配された日本社会は冷酷かつ着実にその個人を排除してきます。それがまた激しい同調圧力を生み出します。
自分らしく生きようと思えば、そうした日本社会の特性を知ったうえで、「中庸にして過甚ならず」を貫き、上手に立ち回る必要があります。極めてハイレベルな技能ですし、考えただけで疲れますね。
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