多くの方が来世での幸福を願っています。もし来世というものが本当にあるのなら、誰もが天国や極楽に行きたいと思うでしょう。地獄には行きたくはありません。
そもそもですが、来世を見た人間はいません。それなのにどうして人間は来世の存在を確信できるのでしょうか。どうして科学的に説明が出来ないものを受け入れているのでしょうか。
1.幼少期から繰り返される刷り込み
初めて天国や地獄について知ったのはいつだったのか記憶は定かではありませんが、誰しも幼少期から悪いことをすると「罰が当たる」とか「地獄に落ちる」と言われたことがあると思います。葬式や墓参りでお線香をあげますが、立ち上る煙によって、あの世とこの世がつながるともいわれています。知らず知らずのうちに来世の存在を刷り込まれていきます。また、童話や昔ばなしに「閻魔大王」が出てきますし、来世を描いたアニメやゲームは枚挙に暇がありません。
学校で物理や化学を学ぶ前に、存在を証明できない来世についての共通認識が出来上がっていきます。
2.地獄と社会道徳との密接な関係
不思議なことは、洋の東西を問わず天国や地獄の概念があることです。現世に絶望しているから来世に期待するしかないという切実な願いは理解できますが、現世で幸福な人まで来世の存在を信じているのは何故なのでしょうか。
恐らくは、来世が社会道徳の遵守と密接に関係しており、この世に生を受けた時点から繰り返し洗脳を受けるからでしょう。
かつてキリスト教の宗教改革で問題となった贖有状(免罪符)や、寄進・お布施・お賽銭の類も、来世での幸福への願いから生じる神仏への忖度といえます。少しでも来世の処遇を良くしたいと誰しも思います。
存在を証明できない天国と地獄という虚構、それに紐づけられた現世での道徳的行動と来世の処遇の因果関係は、円滑な人間社会の構築に不可欠な装置です。
その為には絶対的で道徳に厳格な神が必要だったし、神に嫌われたら地獄に落ちる設定にしておかないと、基本的に生の盲目的意志に衝き動かされる利己的な人間に道徳を遵守させることは出来ないのかもしれません。神に常に見られているという設定は不可欠です。
現世の人間に、道徳を遵守するインセンティブがなければならないですし、来世において、社会の悪が絶対者に罰せられることが現世にとっても公共の利益になります。
3.被害妄想の進化と宗教の起源
来世の設定には神仏が不可欠ですし、神仏を中心とした宗教の世界観が必要です。
それではどうして宗教があるのでしょうか。
夜の森林のなかを歩いているときに、物音がするとびくりとします。実際には風が吹いただけかもしれませんが、無害な物理現象に過ぎない場合でも、何者かの意図が働いていると考えるような心理メカニズムが進化の過程で選択されてきたことが推測されます。
つまり、進化的にいえば、心配性で被害妄想が強い個体の方が、危機を回避し生き延びる確率が高かった訳です。
我々哺乳類の祖先は、主に夜行性であったと考えられています。約2億年前の中生代の地球上で、恐竜が支配的な存在であったためです。そのため、哺乳類の祖先は夜間に活動することで恐竜から身を守り、また、夜間に豊富に存在した昆虫などを食べることで生き延びたとされています。
この生活パターンは、哺乳類の視覚や聴覚、嗅覚などの進化に影響を与えたと考えられています。例えば、夜間活動を行うためには、暗闇でも物を見分ける能力や、微弱な音を聞き分ける能力が必要となります。
我々の先祖は、ビクビクしながら危機を回避することで生き延びてきた訳ですし、人類になってからも心配性で被害妄想が強くなるように進化しました。
科学の無い時代には、自然の脅威と不条理性は神の罰というかたちでしか説明できませんでした。そして神のいる天国と対立概念としての地獄を妄想し、利己的な欲望を抑えて社会性を維持する為に、それらを道徳と結び付けていったのではないでしょうか。
地獄を描いた日本の「地獄草紙」やダンテの「神曲」など、地獄は罪の重さに応じてかなり詳細に表現されていますが、天国に関する描写は割とあっさりしています。
地獄への恐怖が、如何に道徳の維持にとって必要だったのかについての証左ともいえます。
私自身は、見たことのない物事は信じない質なので、信心深いタイプではないですが、神仏や来世を信じることで当人が幸せであるならば真実と考えて良いのではないかと思います。
アメリカで発展した哲学にプラグマティズムがあります。
ウィリアム・ジェームズは、アメリカの哲学者であり心理学者で、プラグマティズムを普及させた重要な人物ですが、彼の主張したプラグマティズムにおける実用主義は、「全ての観念は人間の生活に対して有益である限りは「真」である」という概念です。
他者に迷惑をかけない限り、自分が幸せになれる思想を選択すれば良いですし、自分にとっては真実だという割り切りはありだと思います。