「スタンド・アローン・コンプレックス」と「マルチチュード」

アニメ

日本の傑作アニメ「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」のなかで、「笑い男事件」という事件が出てきます。オリジナルの笑い男が不在のまま、模倣者の群れが一人歩きを始める現象が起きます。主人公の草薙素子は、そうした一連の現象に対してスタンド・アローン・コンプレックス(STAND ALONE COMPLEX)と名付けます。
それぞれ繋がりを持たない独立した個人(スタンド・アローン)が自分の意思で行動を起こしながら、結果的に集団的総意(コンプレックス)を形成するかのような行動を見せる現象です。
本アニメは、個人が電脳を介してネットで不特定多数と情報を共有する近未来の高度ネットワーク社会が舞台となっていますが、現在においても思考実験としての価値は極めて高いと思います。

まとめ
1.スタンド・アローン・コンプレックスとマルチチュードの類似性
2.「帝国」と「マルチチュード」
3.新しい民主主義のカタチ

結論
国家も市場も解決できない問題を解決できるかもしれない。

1.スタンド・アローン・コンプレックスとマルチチュードの類似性

2010年代の日本で「伊達直人現象」と呼ばれる事件がありました。「伊達直人」を名乗る人物からの匿名の寄付が多数の孤児院に届けられた事件です。「伊達直人」は、日本のプロレス漫画「タイガーマスク」の主人公で、漫画の中で伊達直人は、プロレスラーのタイガーマスクとして活躍し、リングの外では孤児院の子供たちを支援するという二重生活を送っています。特に指導者もいないのに、模倣者によって社会における善意の連鎖反応が起きた事例です。個々人が面識もなく共通の目的やパターンを生み出し、社会現象を起こしている点で、一種のスタンド・アローン・コンプレックスと言えるかもしれません。
政治哲学の用語でマルチチュード(Multitude)という言葉があります。マルチチュードは、個々の差異を持ちながらも共通の目的や要求を共有する多様な集団を指し、グローバリゼーションの時代における新しい形の社会的主体として理解されています。スタンド・アローン・コンプレックスとも通底するものがあります。

2.「帝国」と「マルチチュード」

「帝国」と「マルチチュード」は、哲学者アントニオ・ネグリと文化理論家マイケル・ハートによって提唱された概念です。
まず彼らは、新しいグローバルな権力の体系として「帝国」の概念を定義しました。
「帝国」の特徴:従来の帝国は特定の領土に基づいていましたが、ネグリとハートの「帝国」は、国境を超えたネットワークとして機能し、全世界に影響を及ぼします。一つの中心から統治されるのではなく、多国籍企業、国際機関、グローバルな市場など、多様な権力の中心が存在します。「帝国」は、グローバルな資本主義の論理に基づいており、世界中の生活と生産に普遍的な影響を与えます。
一方の「マルチチュード」は、グローバリゼーションの時代における新しい形の社会的主体であり、「帝国」に対抗する力を持つとされます。
「マルチチュード」の特徴:異なる文化、民族、性別、職業などを持つ個人や集団から成り立っており、多様性があります。「帝国」と呼ばれる新しいグローバルな権力構造に対して共通の抵抗を示します。中央集権的な指導者や階層構造を持たず、自己組織化する能力を持っています。知識、情報、コミュニケーションなどの非物質的労働を通じて、新しい価値を生み出す力を持っています。

3.新しい民主主義のカタチ

「マルチチュード」は、国家や市場に依存しない新しい形の民主主義を実現する可能性を持っていると言われています。ネット社会が到来して、「マルチチュード」的な現象の増加は加速しているように思えます。いずれもSNSが大きな役割を果たしました。幾つか事例を挙げます。
アラブの春:2010年末から2011年にかけて中東と北アフリカ地域で発生した一連の民主化運動。チュニジアから始まり、エジプト、リビア、シリア、イエメンなど多くの国に波及。発端は、チュニジアで発生した青年の焼身自殺事件。
オキュパイ運動:2011年にニューヨークのウォール街で始まった社会運動。経済的不平等、企業の権力、政治的影響力の集中などに対する抗議活動。「ウォール街を占拠せよ(Occupy Wall Street)」というスローガンで知られた。
フライデーズ・フォー・フューチャー:2018年にスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリによって始められた、若者を中心とした気候変動に対する国際的な抗議運動。スウェーデンの国会前で「学校ストライキ for Climate(気候のための学校ストライキ)」を開始したことが発端。SNSを通じて世界的な広がりを見せた。
MeToo運動:2017年にアメリカの女優アリッサ・ミラノが過去に経験した性的嫌がらせについて投稿したことが発端。世界中の女性たちが自身の経験を共有し始め、運動は急速に拡大。
BlackLivesMatter(ブラック・ライヴズ・マター)運動:2013年、アフリカ系アメリカ人の少年が射殺された事件で警察官が無罪判決を受けたことが発端。アフリカ系アメリカ人に対する警察の暴力と人種差別に抗議する国際的な活動に発展。
ネット社会になる前には、抑圧されたスタンド・アローンの個人が結びつくことはありませんでした。ネット社会が出現してからは、地球上に散らばっていたスタンド・アローンの個人が、国境と言語を越えて集団的総意を形成し、カリスマがいなくても大きなうねりを起こせる時代になっています。「ネグリチュード」は、国家も市場(資本主義)も解決できない問題を解決できる可能性を秘めています。

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