美徳とは偽装された悪徳(ラ・ロシュフコー)

哲学

フランソワ・ド・ラ・ロシュフローは17世紀フランスのモラリストです。有名な「箴言集」を執筆しましたが、人間の自己愛や偽善を鋭く描き出しており、鋭敏な洞察力と辛辣な皮肉に満ちていて非常に面白いです。
ラ・ロシュフコーは、名門貴族の生まれであり、戦場での戦闘や宮廷での恋愛と政治的陰謀に明け暮れる日々を送りました。ブルボン朝のルイ13世治下では、宰相リシュリューと対立して一時バスティーユに投獄され、謹慎処分を受けました。フロンドの乱では反乱軍に身を投じてもいます。
彼の「箴言集」に見られる辛辣な人間観察には、こうした辛酸を苦めた経験も反映されているのかもしれません。
「箴言集」で最も有名な箴言といえば、「われわれの美徳とは、大抵の場合、偽装された悪徳にほかならない」です。深いですね。

まとめ
1.他者が完全に存在しない美徳はない
2.純粋な美徳は無いし必ず打算がある
3.陰徳とは発見されることを前提としている

結論
相手に美徳を求めるのであれば、相手の打算を推量すべき。

1.他者が完全に存在しない美徳はない

よく「聖人君子」といいますが、全く打算の無い聖人など存在するのでしょうか。損得勘定の無い完全無欠の人格などあり得ないと思います。
美徳の一般的な例を挙げれば、誠実・勇気・公正・謙譲・謙虚・責任感・勤勉・自制心・忍耐等、様々ありますが、他者が完全に存在しない場合でも、美徳を保つことは出来るでしょうか。
人知れず善行を行う人も確かに存在します。しかしながら、その場合の「人知れず」とは、人間のことであって、神仏は含まれていません。神仏は存在せず、故に善行も決して見ていないことが確実でも善行をし続けるでしょうか。善行をなすに際して、神仏へのアピールは皆無と言えるでしょうか。人知れずではあっても、神知れずではないかもしれません。

2.純粋な美徳は無いし必ず打算がある

釈迦が前世で飢えた虎に自らの身体を捧げて虎の命を救ったという物語(捨身飼虎)がありますが、このような聖人君子が弱肉強食・適者生存という進化の原理に耐えられるとは思えません。打算的な人間に搾取されるのが落ちです。
純粋な美徳は、進化論で説明がつきません。仮に利他的な人格者であったとしても、利他的な人物だと思われたい感情はある筈です。またそう思われること自体に打算は発生します。純粋な人格者は、人類史上存在したかもしれませんが、進化圧で潰されたでしょうし、遺伝子は残せなかったでしょう。
ラ・ロシュフコーはこうも述べています。
正義とは、自分が所有しているものを奪われるのではないかという強い恐れの感情に過ぎない。だからこそ、我々は、隣人のあらゆる既得権に配慮し、それを尊重するばかりか、隣人に決して損害を与えないという原則を順守するのである。この恐れがあるからこそ、人間は、自分の生まれや運が与えてくれた財産以上に多くのものを欲しがろうとはしないのであって、もしこの恐れがなくなれば、すぐにも他者に襲いかかって、略奪行為を始めるだろう。
トマス・ホッブズが「リヴァイアサン」で描いた「万人の万人に対する闘争」のようですね。この箴言は、道徳とは如何なる理屈で生じたのかについて考えるうえで、非常に示唆に富んでいます。人類は社会を形成して集団で生存競争を生き延びてきた種です。集団には秩序が必要で、秩序には道徳が必要だっただけです。つまるところ道徳の起原も打算だということです。

3.陰徳とは発見されることを前提としている

「陰徳あれば陽報あり」という言葉があります。「淮南子・人間訓」という古代中国の書物に由来しています。陰徳とは、人知れずに行う善行のことで、陽報は一目で分かるよい報いのことを指します。これは、見返りを期待せずに行った善行が、必ず何らかの形で報われるという考えを表しています。
この諺の面白いところは、陰徳とは人知れず行う善行で、本来は打算とは無縁な行為である筈なのに、陽報という形で報われるとしており、結果的に陰徳すら打算的であるかのようになっているところです。
陰徳が陽報になる為には、誰かが見ていなければなりません。陰徳とは人知れず行う善行ではなく、「他人は知らないと思っている」と他人から思われている善行です。他人の目の前でこれ見よがしに善行を施すよりも、陰徳が他人に見られた方が賞賛をあびること請け合いです。陽徳より陰徳の方が余程巧妙なやり口です。「偽装された悪徳」とまでは言えませんが、「偽装された打算」とは言えるかもしれません。
よく一方的に、自分が信じる道徳を押し付けてくる人がいます。理由を尋ねても、「何故ならそれが道徳であり普遍的だから」としか答えてくれません。カントの定言命法みたいですね。相手に美徳を求めるのであれば、相手の打算を推量すべきだと思います。陽報の為にも陰徳に努めるべきだという説明の方が余程腹落ちします。

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