二重結果の原理

哲学

「二重結果の原理」というものがあります。一つの行為が二つの結果をもたらす場合、一つは善い結果で、もう一つは悪い結果であるとき、その行為を倫理的に適切に遂行することができるのはどのような時であるかを決定する原理です。
いろんなケースがありますが、一つ具体例を挙げると、戦争における絨毯爆撃があります。
戦争の早期終結を企図し、敵国の兵器工場に致命的な打撃を与える為に絨毯爆撃を行うが、近隣に居住する無辜の市民が巻き添えとなる悪い結果が伴う場合が考えられます。
二重結果の原理には一般的に以下の4つの要件があります。
要件1.行為自体が倫理的に善いものであるか、少なくとも善悪無記なものであること。
要件2.善い結果が直接意図され、悪い結果は直接意図されないこと。
要件3.善い結果は悪い結果を通じて達成されないこと。
要件4.善い結果と悪い結果の間に相応の比例性が存在すること。
このケースでの善い結果とは、工場に致命的な打撃を与えることによる早期終戦、悪い結果とは、無辜の市民の虐殺です。二重結果の原理に従えば、絨毯爆撃は4つの要件に基づいて正当化されることになります。東京大空襲や原爆投下にゴーサインが出されたのも、この原理で倫理の壁をクリアしたことにしたからでしょう。

まとめ
1.行為者の意図と行為の結果を区別するのは困難
2.善い結果と悪い結果の比較は難しい
3.道徳的な責任の回避に悪用されるリスク有

結論
二重結果の原理を振りかざす人間には要注意。

1.行為者の意図と行為の結果を区別するのは困難

自分が無辜の市民であった場合には、到底受け容れられない原理だと思います。しかしながら、歴史上は「大儀」の為には仕方がないという整理で切り捨てられた命は数え切れない程あります。
「要件2.善い結果が直接意図され、悪い結果は直接意図されないこと。」とありますが、実際の状況では、直接意図と結果を明確に区別することは困難です。
無辜の市民を虐殺してしまったという結果を、妥当であったと説明する為に、「本当は兵器工場だけを狙った」という意図を事後的に捏造することも考えられます。この手の言い訳は誰でもやったことがあると思います。
また、二重結果の原理によれば、絨毯爆撃は善い結果を意図して行われ、市民の虐殺という悪い結果は予見されるものの直接的に意図されていない為に許容される訳ですが、予見できる以上、完全に倫理上の責任を回避できる訳ではありません。

2.善い結果と悪い結果の比較は難しい

「良い結果:工場に致命的な打撃を与えることによる早期終戦」と「悪い結果:無辜の市民の虐殺」の比較も容易ではありません。
机上の計算では、「早期終戦により助かる命」と「虐殺される命」の試算はできるかもしれませんが、命を功利主義の「最大多数の最大幸福」的に扱ってよいのかは倫理的に議論の分かれるところです。大規模な「トロッコ問題」とも言えます。
また、机上の計算は得てして狂うものです。日本が太平洋戦争に突き進んだのも、きっと大本営の机上の計算により「勝利」することになっていたからに違いありません。会社経営の失敗の多くは、経営者に忖度した優秀な官僚組織の作った一見正しそうな机上の計算が原因になっています。勿論、クリティカルな情報は前提条件から削除され隠蔽されています。無辜の市民の人生が翻弄されるのは、大方こういう図式のなかでの話です。

3.道徳的な責任の回避に悪用されるリスク有

二重結果の原理は、しばしば悪用されます。最たる例が原爆投下です。太平洋戦争の終戦直前の状況ですが、多くの場合、大体以下のように説明されています。
1945年7月26日、連合国は、日本に対して無条件降伏を求めるポツダム宣言を発表しましたが、日本は当初、この宣言を黙殺しました。これにより、連合国側は日本の降伏を促す為に更なる行動をとることとなりました。
1945年8月6日、アメリカは広島に初の原子爆弾を投下し、更に8月9日には長崎にも原子爆弾が投下されました。同じく8月9日にソビエト連邦が日本に対して宣戦布告を行ったことにより、日本はついに8月14日にポツダム宣言を受諾すると発表しました。
しかしながら、原爆を投下する必要は全くありませんでした。
アメリカは広島への空襲をギリギリまで控えていました。原爆の威力を測定するために温存していたとされています。
そもそもアメリカが原爆を開発したのは、ナチスドイツの原爆開発を恐れたアインシュタインらが、アメリカのルーズベルト大統領に研究を進言し、開発計画(マンハッタン計画)が承認されたのが契機です。原爆完成前にナチスドイツが降伏したため、日本へ使用された訳です。また、アメリカが戦後の国際秩序においてソ連に対する優越性を確保する為の政治的決断として投下されたとも言われています。
日本がポツダム宣言を受け容れるという「善い結果」はアメリカ側が用意したダミーです。我々の実生活のなかでも、二重結果の原理は様々なシーンで多用されています。緩和ケアや正当防衛等が代表例ですが、様々なものがあります。
「大儀」を主張する人間の隠れた意図を見逃すと大変な災難に巻き込まれます。

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