資本主義的サンタクロース火あぶり事件

宗教

1951年12月23日、フランスのディジョンで、聖職者達が子供たちの目の前でサンタクロースの人形を火あぶりにするというショッキングな事件がありました。
構造主義の盟主である人類学者のクロード・レヴィ=ストロースは、この事件について、「火あぶりにされたサンタクロース」と題した興味深い論文を書いています。
なぜこんな事件が起こったのでしょうか。クリスマスには奥深い経緯があります。元来イエス・キリストの降誕祭ではありません。

まとめ
1.クリスマスはキリスト教が起源ではない
2.サンタクロースは逆輸入された
3.資本主義は何でも利用する

結論
人間の行動や思考は社会の構造によって突き動かされている。

1.クリスマスはキリスト教が起源ではない

クリスマスが、異教の祭がベースになっていることは、よく知られています。
太陽の力が一年のうちで最も弱くなる冬至をはさんだ季節は、世界中の異教の民にとって危険な時期でした。特に緯度の高い地域では、昼間の時間が極端に短く、夜の時間が極端に長くなりますので猶更です。地動説を知らない当時の人々はさぞ恐れたことでしょう。この季節には、生者と死者の力関係のバランスも崩れて、死者たちが生者の世界に侵入してくると考えられています。人々はこの死者の霊達に、様々な贈り物を与えて機嫌を取り、帰ってもらうことによって、再度世界のバランスを回復しようとする祭りを行いました。祭りでは、子供や若者組が死者の役をやり、家々を巡って贈り物を集めて歩きます。これが、クリスマスとクリスマスプレゼントの起源です。決して恋人に指輪をあげる祭りではありません。
やがて、この異教の祭を、キリスト教会が利用しました。冬至の時期には、世界を闇が覆い、悪鬼や死霊が徘徊していましたが、そこにイエスが誕生することによって、この世界に光がもたらされることになったという訳です。
更に時代が下ると、祭の主役だった子供が家の中に籠って「いい子」にしていると、家の外の闇の中から「鞭打ちじいさん」がやってきて、子供を脅しながら贈り物を届けてくれるように変わっていきます。「鞭打ちじいさん」では流石にアルカイックだろうということで、キリスト教で子供の守護聖人と考えられていた「聖ニコラウス」が代わって登場するようになります。これがサンタクロースです。

2.サンタクロースは逆輸入された

聖ニコラウス(=サンタクロース)は、4世紀前半、ローマ帝国がキリスト教徒の信仰を公に認める方向に舵を切った時代に、小アジア(現在のトルコ)のミラという町の司教であった人です。北極の人ではありませんし、トナカイも見たことないと思われます。
子供と船乗りの守護聖人である聖ニコラウスのイメージが、やがてアメリカ大陸に渡り、現在のイメージに徐々に近づいていきます。
まず、船の船首に聖ニコラウスを付けて新大陸へやってきたオランダ人移民がマンハッタンを町建設の地として選んだのは、聖ニコラウスが夢の中でお告げを与えてくれたからだという伝説が誕生します。やがてとある神学者の詩によって、聖ニコラウスがトナカイの引くソリで家々を訪れ、靴下の中にプレゼントを配ってまわるというイメージが定着します。
そして、このアメリカン・サンタクロースは、第二次世界大戦で疲弊したヨーロッパに、マーシャルプランというアメリカの経済政策に乗っかるかたちで逆輸入されます。
プロテスタントの国であるアメリカの資本主義とともに流入してきたアメリカン・サンタクロースを目の当たりにして、激怒したカトリックの聖職者達が、サンタクロース人形を火あぶりにしたという顛末です。

3.資本主義は何でも利用する

こうしてみてみると、クリスマスプレゼントのルーツは冬至の時期における死者の霊への贈り物ということになります。それが、子供への贈り物に変わり、今や大人も贈り物をもらうように変遷していきました。
趣旨は変わっても、冬に贈り物をするという点は不変です。冬は贈与の季節という感覚に手が加えられて、資本主義によってクリスマスは盛大な商戦のくりひろげられる祭りへと変貌しました。
レヴィ=ストロースの言う「野生の思考」の構造が、資本主義文化の最奥部で脈々と活動を続けている訳です。
イエスの誕生も冬至と同じ12月かどうか怪しいですし、クリスマスはただの商戦です。周りに合わせて無理に騒ぐ必要はありません。

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