ケインズの余暇社会とブルシット・ジョブ

歴史

経済学部出身者であれば誰でも知っているイギリスの経済学者ケインズが、1930年に発表したエッセイのなかで、「余暇社会」について言及しています。
技術の進歩と生産性の向上により、人々は一日3時間だけ働けば生活できるようになる「余暇社会」が100年後(2030年)には実現可能になると彼は予想しました。
主張の要旨は以下の通りです。
長期的な視点から見れば、経済は急速に成長し、人類の生活は大きく改善する。この成長と改善は、技術革新と資本の蓄積によって可能となる。
経済成長が続けば、100年後(2030年)には、平均的な人々は現代の4倍以上の物質的な豊かさを享受でき、週15時間しか働かなくても生活できるようになる。
そのような社会では、「経済的問題」が「恒久的な問題」ではなくなり、人々が「余暇」をどのように過ごすかが新たな課題となる。
多くの人々が「暇と自由」に耐えられないと為、「余暇社会」が人類にとって新たな挑戦をもたらす。
夢のような世界ですが、どうやら予想は外れそうです。どうせ悩むなら暇と自由で悩んでみたかったですね。何故天才経済学者の予測は外れてしまったのでしょうか。

まとめ
1.生産性向上の成果がブルシット・ジョブを生む
2.ブルシット・ジョブ削減の鍵はテクノロジーとベーシックインカム
3.暇と自由に耐えるには知性が必要

結論
黒船級のショックが起こらないと多分実現しないが、経験はしてみたい。

1.生産性向上の成果がブルシット・ジョブを生む

「ブルシット・ジョブ(Bullshit Jobs)」とは、アメリカの人類学者デヴィッド・グレーバーが提唱した概念です。社会にとって何の意味もない、無意味な仕事、形式上は存在しているが、実際には何の生産的価値も生み出さない仕事のことです。
産業革命やIT革命を経て、生産性は劇的に向上している筈ですが、その成果はブルシット・ジョブで吸収されてしまいました。
グレーバーによれば、5種類のブルシット・ジョブがあります。
取り巻き:フラッキーズ(flunkies):誰かを偉そうにみせたり、偉そうな気分を味わわせたりするためだけに存在している仕事。例えば、受付係、管理アシスタント、ドアアテンダント。「管理職に昇進した以上、部下をつけなければならない」と見做されて仕事もないのに雇われた人々。権威付けと序列、メンバシップを確認する為だけにある会議体。
脅し屋:ゴーンズ(goons):雇用主のために他人を脅したり欺いたりする仕事。ロビイスト、顧問弁護士、テレマーケティング業者、広報スペシャリストなど、雇用主に代わって他人を傷つけたり欺いたりする為に行動する悪党。
尻ぬぐい:ダクタッパーズ(ducttapers):組織のなかの欠陥を取り繕うためだけに存在している仕事。粗雑なコードを修復するプログラマー、バッグが到着しない乗客を落ち着かせる航空会社のデスクスタッフ。
書類穴埋め人:ボックス・ティッカーズ(boxtickers):組織が実際にはやっていないことを、やっていると主張するために存在している仕事。調査管理者、社内の雑誌ジャーナリスト、企業コンプライアンス担当者など。
タスクマスター:タスクマスターズ(taskmasters):他人に仕事を割り当てるためだけに存在し、ブルシット・ジョブを作り出す仕事。中間管理職や号令係、取り次ぎや仲介。
辛辣ですが非常に鋭い指摘ですね。私もブルシット・ジョブを沢山やったことがあります。どれもやったことがないビジネスマンはまずいないでしょう。世界全体ではかなりの規模になることでしょう。
また、ブルシット・ジョブの為に膨大な資料が作られています。人間が人間にプレゼンする為には分かりやすい資料が必要ですが、AI同士なら説明資料は不要です。

2.ブルシット・ジョブ削減の鍵はテクノロジーとベーシックインカム

テクノロジーを駆使すれば、ブルシット・ジョブは撲滅できるかもしれませんが、問題もあります。
ブルシット・ジョブで収入を得ている人間は収入を失うからです。一方でブルシット・ジョブがなくなったら儲かるのは、合理化して人件費を削減した企業であり、配当を受ける株主です。
合理化・効率化だけでは格差が拡大するだけです。
政府の役割が重要です。儲かった企業から税金として資金を吸い上げ、ベーシックインカムとして国民に給付することが考えられます。
しかしながら、儲かった企業は税金の低い国(タックスヘイブン)に逃避しようとしますので、各国税務当局の協調が不可欠です。
黒船級のショックが起こらないと多分実現しないでしょうが、経験はしてみたいですね。

3.暇と自由に耐えるには知性が必要

実現のハードルは高いですが、仮に暇と自由を手に入れたらどうなるでしょうか。
古代ローマ帝国は、属州から大量の金と奴隷を搾り取っていました。金と暇を手に入れた口ーマは「パンとサーカスの都」になってしまいました。無料でパン(食料)を配給してもらうことができ、サーカス(娯楽)まで楽しむことができました。コロッセオで行われていた剣闘では、動物同士や動物と人間の戦いだけではなく、人間同士の殺し合いなども普通に行われ、それを見て楽しんでいた訳です。悪趣味ですね。
また、食事も贅沢でした。汚れても良いように使い捨ての服を着て、ソファに寝転んで、奴隷に料理を持ってこさせ、手づかみで食べます。時間も食べ物も有り余っているため、いくら食べても満足しません。満腹になれば奴隷にクジャクの羽を持ってこさせ、それでのどの奥をつつかせて吐き、腹を空にしてまた食べる、といったことを繰り返していたそうです。
古代ギリシャでも奴隷がいましたが、市民は奴隷に仕事を任せた為に暇ができ、哲学が発展したという説もあります。ペルシアや他のポリスとの戦争もあったので、ローマのような頽廃的な生活にはならなかったのかもしれません。暇と自由に耐えるには真の幸福を追求する知性も必要です。

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