アルベロベッロと税金

世界遺産にもなっている白川郷・五箇山の合掌造りは急勾配の屋根で有名ですが、豪雪に伴う雪下ろしの作業軽減や養蚕棚を設置できる広い屋根裏空間の確保等、その意匠には風土や産業に根差した背景があります。
イタリア南部には、「アルベロベッロのトゥルッリ」と呼ばれる独特な建築物があります。伝統的なコーン型の屋根を持つトゥルッリが特徴的な風景を形成しており、こちらも世界遺産になっています。
この屋根の誕生には一体どんな背景があるのでしょうか。

まとめ
1.文化遺産と税金
2.日本のタワーマンションと税金
3.税金で歪む人間の生活

結論
滑稽な制度が滑稽な風景を生むが、それがインスピレーションを生むこともある。

1.文化遺産と税金

「アルベロベッロのトゥルッリ」の誕生には税金が絡んでいます。壁は石灰岩の切り石を重ね、漆喰を使って白く塗り固めただけです。また、屋根は灰色の平らな石をバランスよく円錐状に積み上げただけで、接合剤すら使われていません。
かつてこの土地はナポリ王国の支配下にありました。領主はナポリ王国に対して家屋の数に応じた税を納める必要があった為、解体しやすく再建しやすいような構造にしたということです。つまり税務調査員の目を欺く為です。
調べてみると税金が文化遺産や建築様式に影響を及ぼした事例は他にも幾つかあります。
イギリスの塞がれた窓:17世紀から18世紀にかけてイギリスで導入された窓税は、家屋の窓の数に応じて課税されました。その結果、節税の為に窓を壁で塞いだり、建築当初から窓の数を減らしたりする家が増えました。窓税以前には暖炉税がありましたが、暖炉は貧富に拘わらずどの家にもあった為、消費税同様に逆進性の問題があり、国民が激しく反発しました。そこで妥協の産物として窓税が誕生しました。裕福な者の屋敷は大きいので、きっと窓も多いだろうという発想です。税に累進性を加味したということです。当時のイギリスは度重なる戦費調達の為に歳入不足であり、政府も徴税に躍起になっていました。
アムステルダムの狭い家々:家の幅に基づいて税金が課されていた為、非常に間口が狭い家が数多く存在します。一軒一軒は間口が狭い一方、高さと奥にたっぷりスペースをとる「鰻の寝床」スタイルになっています。「アンネの日記」で知られるアンネ・フランクが、家族や他のユダヤ人と共に隠れたのもこうした家屋でした。今ではアムステルダムの象徴的な文化遺産となっています。
フランスのマンサード屋根:17世紀のフランスでは建物の屋根面積に基づいて税金が課されていました。そこで節税の為にマンサード屋根と呼ばれる二重傾斜の屋根が考案されました。これにより、節税と屋根裏スペースの極大化を実現しました。その後広く普及しヴェルサイユ宮殿でも採用されています。
文化遺産や建築様式にもいろいろと滑稽な背景があり興味深いです。

2.日本のタワーマンションと税金

現代のタワーマンション購入による節税も、これらの相似形と言えるかも知れません。
不動産の相続税評価額は、土地部分は国税庁が発表する「路線価」、建物部分は市区町村が算出する「固定資産税評価額」をもとに算出されます。タワーマンションの場合、高層階であるほど眺望がよく需要が高いため市場価格は高くなる傾向にありますが、相続税評価額はマンション1棟につき、同一の接道に基づく路線価により算出されています。階層が異なっていても床面積が同じであれば土地部分の相続税評価額は同額となります。建物部分も低層階と高層階の相続税評価額は大差ありません。税制は頻繁に改正されるので、今後は分かりませんが、税金が都会の風景を変えたことは確かです。

3.税金で歪む人間の生活

税金が文化遺産や建築様式に影響を及ぼすと、基本的に生活上の利便性から乖離していきます。アルベロベッロではわざと取り壊しやすい家屋が建てられ、イギリスでは窓が塞がれ、アムステルダムでは間口の狭い家が建てられました。
それらは利便性の観点からはイレギュラーな事態だと思います。逆に言えば、イレギュラーであったが故に特定の時代と地域において滑稽な風景が生まれ、それが恒久化されずに稀有な存在として文化的価値を獲得したとも言えます。
江戸幕府の奢侈禁止令によって、「四十八茶百鼠」という色彩文化が誕生したように、社会に一定の制限が加わることで生まれる文化や様式があるのかも知れません。
強く手をついた時に出来たテーブルクロスの皺に、意外にも風雅な趣を感じるような、そんな感じでしょうか。イレギュラーが生んだ風景が、インスピレーションを育むこともあります。

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